細川ガラシャ(芦田愛菜)が洗礼を受けたのは1587年の暮れ、24歳の時だった。
15歳で細川忠興(望月歩)に嫁いだガラシャは、その4年後、父の明智光秀(長谷川博己)が「本能寺の変」を起こしたため、「謀反人(むほんにん)の娘」として離婚され、山深いところに幽閉されてしまう。2年後、復縁が許されるものの、その後も監視下に置かれていた。そのような境遇の中で一条の光が差し込んでくる。
彼女(ガラシャ)は時々、夫(忠興)の口から、彼の大の親友である(高山)右近殿(代表的なキリシタン大名)が彼に話して(聞かせた)デウスの教えに関することとか説教のことを耳にした。……彼女はそれらの話を夫から聞かされた時に、それをもっと深く知りたいとの異常な望みに駆られた……(フロイス『日本史』5巻、中央公論社、222ページ)
そこで、忠興が「九州攻め」に出陣して留守の間に、ガラシャはこっそり屋敷を抜け出して大阪の教会に行く。そこで日本人修道士から話を聞き、自分が洗礼を受けられるのはこの時以外にはないと、「洗礼を授けてほしい」と何度も繰り返し願ったという。しかし、教会側は当時、ガラシャが何者であるか分からず、豊臣秀吉の側室かもしれないと警戒して、「もう少し学んでから」と言って送り返した。
ガラシャは、自分が教会に行けない間に侍女や家臣を教会に遣わし、そうすることで多くの者が洗礼を受けてキリシタンになった。そんな時、「九州攻め」で秀吉は植民地主義的な宣教師に接したことで、今までの優遇政策から一転し、「バテレン追放令」を出したため、関西にいた宣教師たちもいったん九州に引き上げることになった。1回限りの洗礼のチャンスを逃してしまったガラシャは、「宣教師が去る前に、何とか自分にも洗礼を授けてほしい」と嘆願する。
当時(奥方)が外出するのには大いなる危険が伴ったので、司祭たちは(協議して)、(奥方)の側近者で親族でもあるマリアに、聖なる洗礼の授け方と言葉、ならびに(授洗者としての)役目に必要な条件や心構えを教えた上で、彼女の(手によって)自邸で(奥方に)洗礼を施すことにした。かくて(奥方)はよく準備を整え、(平素)彼女が身を隠している部屋の中の不断に祈りを捧げている(聖なる)肖像の前で、跪(ひざまず)き、両手を挙げ、(侍女の)マリアから聖なる洗礼を受けた。そして彼女にはガラシアの(教)名が授けられた。(同、235ページ)
このようにしてガラシャは、司祭(つまり当時は宣教使)しか授けることのできない洗礼を、特例として侍女を通して受けることになったのだ。
ところで、ここに出てくる「マリア」というのは、「清原いと(洗礼名マリア)」という侍女のこと。フロイスは『日本史』の中で、「家事を司り(先に)ガラシアに洗礼を授けた(侍女)マリア」(2巻、20ページ)というように、彼女をたびたび紹介している。
また、1588年に出された宣教師オルガンティーノの書簡にも、ガラシャに仕えているこの侍女のことが触れられている。
ガラシアには善良この上ない一人のキリシタンの寡婦(かふ)が(仕えており)、昼夜つききりで彼女の許(もと)にいて、(ガラシア)は彼女をこの上なく愛しています。それは(ガラシア)の夫の諒承のもとでなされています。彼は、同人が善良なキリシタンであることを知っていますから、私は、最後にはガラシアの忍耐力によって、彼もいつかは我らの聖なる教えの光に浴し、それを認識するに至るであろうと希望をつないでいるのです。(5巻、248ページ)
清原いとは、日本キリスト教史でも重要な、関西で初めてキリシタンとなった高山右近の父親と共に洗礼を受けた公家の娘だった。(13に続く)
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