連載・コラム
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自宅でも職場でも学校でもない「逃げ場」 【発達障害クリスチャンのつぶやき】
家と学校(あるいは職場)が世界のすべてだと錯覚しないようにしましょう。もっと言えば、この見える世の中を世界のすべてだ…
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8月20日 エゼキエル書34章23節
わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それはわが僕ダビデある。彼は彼らを養い、その牧者となる。エゼ…
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「艦砲射撃の生き残り」の人々の祈り 島しづ子 【夕暮れに、なお光あり】
今年、慰霊の日(6月23日)直前にある新しい平和運動が始まった。「平和の礎」に刻まれた全戦没者の名前を読み上げる、と…
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8月19日 エゼキエル書33章11節
わたしは悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ。お前たちの悪…
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ふさわしくない人こそがふさわしい【聖書からよもやま話250】
一般社会では何かの役割や地位を得るにはプレゼンテーションやコンペや試験・・・そんな「関門」や「ハードル」を乗り越えて…
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8月18日 エゼキエル書18章20節
罪を犯した本人が死ぬのであって、子は父の罪を負わず、父もまた子の罪を負うことはない。正しい人の正しさはその人だけのも…
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8月17日 エゼキエル書16章60節
だが、わたしは、お前の若い日にお前と結んだわたしの契約を思い起し、お前に対して永遠の契約を立てる。エゼキエル書16章…
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8月16日 エゼキエル書12章3節
人の子よ、あなたは捕囚の荷物を造り、白昼彼らの目の前で捕らわれの身となって行きなさい。エゼキエル書12章3節(参考箇…
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【断片から見た世界】『告白』を読む 内なる呼び声
アウグスティヌスの「惨めさ」について司教アンブロシウスのもとでキリスト教についての学びを進めつつあったアウグスティヌ…
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8月15日 エゼキエル書6章7節
そのとき、お前たちは、わたしが主であることを知るようになる。エゼキエル書6章7節(参考箇所同書6章1〜14節)エゼキ…
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8月14日 哀歌3章28節
軛を負わされたなら、黙して、独り座っているがよい。哀歌3章28節(参考箇所同書3章1〜66節)哀歌は、紀元前587年…
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8月13日 エレミヤ書32章25節
それにもかかわらず、あなたはわたしに「銀で畑を買い、証人を立てよ」と言われました。この都がカルデア人の手に落ちようと…
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8月12日 エレミヤ書31章31節
見よ、わたしがイスラエルの家、ユダの家と新しい契約を結ぶ日が来る、と主は言われる。エレミヤ書31章31節(参考箇所同…
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「教会へ通うな」という親をどう説得? 平岡正幸 【教会では聞けない?ぶっちゃ…
私はカルト問題にかかわり、信仰と家族関係の課題にいつも取り組んでいます。この質問は教会へ通うことを反対されているがど…
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8月11日 エレミヤ書24章3節
主はわたしに言われた。「エレミヤよ、何が見えるか」わたしは言った。「いちじくです。良い方のいちじくは非常に良いのです…
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地上のすべての戦争にNO! 島 しづ子 【夕暮れに、なお光あり】
「今年こそ実現しましょう」と相談していた矢先、2月24日ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。ウクライナ人であるジョ…
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「知っている」は「信じている」よりも強い 〜ラーメン屋をすすめるコツ〜【聖書…
「このラーメン屋はおいしいと信じている」人と「このラーメン屋はおいしいと知っている」人がいたら、どっちについていきた…
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8月10日 エレミヤ書3章22節
背信の子らよ、立ち帰れ。わたしは背いたお前たちをいやす。エレミヤ書3章22節(参考箇所同書3章19〜4章4節)「背信…
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神様の日光浴【聖書からよもやま話248】
太陽は遠ざかりも近づきもしません。僕たちが陽の光を浴びられないとき、その原因は太陽ではなく、僕たちの側にあります。た…
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8月9日 エレミヤ書2章11節
一体、どこの国が神々を取り替えたことがあろうか、しかも神でないものと。ところがわが民はおのが栄光を助けにもならぬもの…