遠藤周作は、終生カトリックの信仰を生きましたが、それでもキリスト教に対して「合わない洋服」と評しています。
私はプロテスタントの牧師ですが、似たような感覚を持つことがありました。それは東日本大震災の時です。地震の直後の被災地に入った際に、がれきの山の前にしゃがみこんでいた初老の男性の後ろ姿を見て、私は言葉を失いました。というのも、この人に、私が信じ語って来た「神は愛です。神は、あなたの罪を赦すために、キリストを、十字架で死なせるまでに、あなたを愛している」という言葉が、虚しく、力がない現実に気付かされたからです。私はうちのめされ、ただ無力感だけが残りました。いったい私は、キリスト者としてどのような言葉をかけられるのか?
この時の経験は、拙書『人生のすべての物語を新しく』(教文館)に詳しく書いてありますが、この経験を境にして、私は、私が信じていた信仰を、徹底的に見直す作業に入りました。その結果が『傘の神学Ⅰ 普遍啓示論』・『傘の神学Ⅱ 特殊啓示論』(共にヨベル)という著作です。
その背景には、現代日本の宣教と教会形成における行き詰り感があります。何よりも、圧倒的な苦難や苦悩、そして苦しみの中ある人に届く言葉をもっていない現実があります。そのことをあの東日本大震災の経験は、私に突き付けてきたのです。
そこから、日本人の心に届く福音の言葉の模索が始まりました。それは、新しい日本の宣教の言葉の模索でもあります。ここでは、その模索に示唆を与える三冊をご紹介します。
『テオーシス──東方・西方教会における人間神化思想の伝統』
田島照久、阿部善彦:編著
教友社
2018 年刊
A5 判
551 頁
4,950 円


