魅力的じゃない罪なんてない【聖書からよもやま話625】

主の御名をあがめます。
皆様いかがおすごしでしょうか。MAROです。

本日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

聖書のランダムに選ばれた章から思い浮かんだよもやま話をしようという【聖書からよもやま話】、今日は旧約聖書、箴言の7章です。よろしくどうぞ。

箴言 7章14節

彼女は心動かすことばで彼を誘惑し、滑らかな唇で彼をいざなう。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

ここで「彼女」と呼ばれているのは、具体的に存在した誰かではなく、罪の象徴です。罪というのはとても魅力的に僕たちを誘惑し、不幸や滅びへの道に導くのだということです。ですからもし、これを読んでいる方の恋愛対象が男性ならこれを「彼」と入れ替えて読んでも構わないかと思います。

性的な罪と、それに僕たちを誘う肉欲というのは数ある罪の中でもトップレベルに強力なものですし、罪の象徴たるに相応しい「罪軍のスタープレーヤー」と言えるような存在でしょう。そしてそのやり口はまさに「罪の王道」です。

罪というのはとても魅力的で、その誘惑から逃れるにはそれなりの備えと覚悟が必要なものです。だってもし罪が魅力的でないのなら、誰もそれを犯したりなんてしないんですから。「体に悪いものに限っておいしい」というのはよく言われることですが、それは体に悪い上にマズいものなんて、放っておいても誰も食べやしないからです。体に悪いと分かっていてわざわざ食べるということは、それがよっぽどおいしいということですし、心や魂に悪いとわかっていて罪を犯すということは、それがよっぽど魅力的だということです。

僕たちはこの「罪は恐ろしく魅力的なのだ」というシンプルな事実を忘れてはいけません。「私は罪を犯しません」と簡単に言えてしまう人は、もしかしたらこの「罪の魅力」を勘定に入れていないのかもしれません。「体に悪いから夜中にカップラーメンを食べない」と言うことは簡単です。しかし実際に夜中になると、昼間には想像もしなかったような、甘く慕わしい誘惑が僕たちに襲いかかるのだということは、これを読んでいる読者の方もよく知っていることかと思います。もちろん僕だって嫌というほどよく知っています。知っているばかりか近頃何度かその誘惑に負けて、おかげで先月1kgほど太ってしまいました。その誘惑の強さを知らずに「よしダイエットだ」なんて言ってみてもなかなか成果はあがりません。ダイエットには誘惑対策が必要なんです。

罪も同じことです。「罪を犯さない」と心に決めても、その時と場所があれば、それは夜中のカップラーメンのように艶美に僕たちに迫ってきます。それは性的な罪はもちろんですし、お金にしがみつく罪や、人の悪口を言う罪、怠惰の罪など、みんな同じです。みんなそれぞれアイドルグループのメンバーのように、十人十色、個性的に蠱惑的に爆発的に僕たちを魅了します。僕たちはほぼ一人残らず「推しメン」のように「推し罪」を持って、日々「推し活」に多くのリソースを割いています。

そのくらい、罪というのは魅力的なんです。その魅力を勘定から外して生きていくのは「俺はアイドルなんかにハマらんぞ」と言ってコンサート会場に日々向かうようなものです。アイドルさんたちは毎日あの手この手であなたを魅了しようとしますし、やがてあなたも気づけば立派に「推し活」に精を出していることでしょう。アイドルさんたちの魅力をナメてはいけません。

罪を避けるためには、その魅力を避けることが不可欠です。その魅力を認めることが、その対策の第一歩です。「そんなものは何の魅力もないのだ!」なんて宣言してしまうのが最も危険です。罪にとっては一番のカモです。

しかし聖書には、「神は超えられない試練を与えない。必ず脱出の道を備えてくださる」という有名なことばがあります。これはよく誤解されているのですが、この「試練」というのは英語では「Temptation」ですから「誘惑」です。つまりこれは「神は超えられない誘惑を与えない。必ず脱出の道を備えてくださる」ということなんです。

罪の誘惑は恐ろしく強い。でも必ず脱出の道は備えられています。「誘惑だ!」と思ったらまず非常口を探すのが大切です。日本ならほぼすべての建物に非常口が備えられています。それと同じです。探せば必ず、目につくところに非常口はあります。なんならどこに行ったとしても、まず真っ先に非常口を確認するくらいの心構えが、罪を避けるためには必要なんだと思います。

夜中のカップラーメンの非常口は「寝る」ことです。寝てしまえば避けられます。
・・・とは言え食べちゃうんですけどね。あぁ、罪深い。これでは他の罪にだってきっと僕は弱いことでしょう。だからこそ人一倍気をつけなければいけません。誘惑の強さと己の弱さ、それを認識することがまず第一歩です。

それではまた次回。
主にありて。

MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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