チャプレンへの道 其之2――不確実性の連続 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第33回

不確実さの中でこそ進む。それがチャプレンとしての歩みであると思う。

2019年、私はチャプレンになることを決め、長年働いてきた教会を辞める決断をし、周囲に伝えた。

「もしうまくいかなかったら、今の仕事を続ければいい」

そんな保険を、最初からかけることはしなかった。

そこから、私を受け入れてくれるアメリカの病院を探し始めた。1年間、研修チャプレンとして働きながらACPE(Association for Clinical Pastoral Education)認定のCPE4単位を取得し、同時に給与も得られる道があることを知った。

私は全米に数多くあるCPEセンターの中から、20施設ほどに申し込みを送った。しかし、返事は一切来なかった。アメリカでは、履歴書を100通送っても、どこからも返事が来ないことさえある――そんな就職事情も、当時の私は知らなかった。

さらに、海外から来る研修生を受け入れ、給与を支払い、ビザ取得に必要な手続きにも対応してくれる病院と教育者を見つけることが、どれほど難しいのかも十分には理解していなかった。もしあの時、今のようにAIが普及し、さまざまな統計や条件を簡単に調べられる時代だったなら、私は動き出す前から躊躇していたかもしれない。まして現在は国際情勢も不安定で、移民やビザをめぐる制度も厳格化している。海外からアメリカの病院チャプレンを目指す道は、決して容易ではない。

申し込みを送っても何も動かない。それなら、自分から動くしかない。私は働く場所をミネソタ州に定め、二つの病院に直接連絡した。

「申込書を送った関野です。何月何日にミネソタへ行きます。直接お会いしたいです」

すると、二つの病院から「会いに来てよい」と返事が来た。そして実際に会った結果、驚くことに、その二つの病院から、1年間の有給研修生であるレジデンシーチャプレンとして採用したいとの申し出を受けたのである。

アメリカという社会は、ただ待っているだけでは、なかなかドアが開かない社会だ。けれども、自分が何をしたいのかを語り、熱意と情熱をもって自分自身をプレゼンテーションし続けるなら、チャンスが与えられる社会でもある。

聖書には、「叩きなさい。そうすれば、開かれる」とある。しかし、時には普通にノックするだけでは足りない。扉が壊れるくらい叩く。体当たりする。まず扉を開けてもらう。そして、そこに自分の居場所を探す。その連続が、私のこれまでの旅路だった。

いざ自分のポジションが与えられた安心も束の間、実際に渡米した2020年、世界は新型コロナウイルスのパンデミックのただ中にあった。アメリカの病院も極度に逼迫し、海外から来る研修チャプレンを受け入れるには、最悪とも言える時期だった。何度も道が閉ざされたが、それでも私は進んだ。

神学者のパウル・ティリッヒは『生きる勇気(The Courage to Be)』で、不安や「非存在」に脅かされながらも、なお存在を肯定する勇気について論じた。すべてが分かってから進むのではない。すべてが安全になってから扉を叩くのでもない。分からないまま、不確実さの中にとどまり、それでも希望を失わずに進んでいく。

病棟で苦しむ多くの人々こそ、「これから自分はどうなっていくのだろうか」「なぜ、私がこんな目に遭うのか」という、不確実さと答えのない問いの中にいる。チャプレンは、そこに簡単な答えを持ち込むのではない。答えのない場所に共にとどまる。不確実さを共に抱えながら、それでも希望を失わず、そこから一歩を探していく。

それがスピリチュアルケアの道だと、私は信じている。

【CPEプログラムのご案内】

ACPE認定のチャプレントレーニングCPEが、日本に向けてハイブリッド形式で開講中。次期は27年の1月より開講予定。問い合わせは Kazuhiro.Sekino[アットマーク]acpe.edu まで。

CPE of Central California
https://www.cpecentralca.org/home/cpe-units

チャプレンへの道 其之1――勤めていた教会の牧師を2度辞めた話 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第32回

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