【映画】 2022年の世界像、国際映画祭にできること。 東京国際映画祭/東京フィルメックス

© Arcadia Motion Pictures, S.L., Caballo Films, S.L., Cronos Entertainment, A.I.E, Le pacte S.A.S.

10月末から11月初旬にかけて、第35回東京国際映画祭および第23回東京フィルメックスが開催された。両イベントで上映された新作の多くは、今後1、2年のうち日本全国へ配給される。国内の映画模様を見渡すうえで有効な指標となり得る点で、この併催は映画祭と名のつく他の数多い企画と性格を違えている。この数年はほぼ同時期・同地域開催となり毎年併せて百数十本を上映してきた両映画祭だが、コロナ禍中の臨時形態を余儀なくされた昨年一昨年と比べ、今回はほぼ平常開催へ復帰した。

今年の東京国際映画祭コンペティション部門グランプリは、ロドリゴ・ソロゴイェン監督作『ザ・ビースト』が受賞した。スペイン・ガリシア地方の山村へ移住してきたフランス人夫婦に対する、村の有力者兄弟からの嫌がらせが次第にエスカレートする様を描く本作は、「移民と暴力」という今日的テーマを極少の要素へと切り詰める。一方東京フィルメックスでは、インドネシアのマクバル・ムバラク監督作『自叙伝』がグランプリを獲得した。父のように慕う元将軍の暗黒面を知った青年の煩悶と決断を描く本作においては、人格者でさえ悪意の発露を押し留めがたい権力構造の陥穽が、老若の人間対峙を通し鋭利に伐りだされる。

排斥や虐殺の現代史が過去のものではなく、いつ暴発してもおかしくない因子として息づき継承されゆく光景の不穏さを両作は暗示するのだが、暴力を軸とするこの傾向が全体を見渡しても今年は殊に目立っていた。無論そこには、ロシアのウクライナ侵攻が色濃く影を落としている。資本経済の急速な発展下でもがくほど闇へ堕ちゆく実直な青年を主人公とするカザフスタンの名匠バイガジン作『ライフ』では、モスクや正教会が存在感を強める旧ソ連圏都市の渇いた人間群像が鮮烈に映しだされる。ロシアから記憶を失くして帰った父の言動に、新しい夫の元へ嫁いでいた母と息子とが翻弄されるキルギス映画『This Is What I Remember』では、記憶喪失の症状に人間の現在が象徴される。カンボジアの巨匠リティ・パン作『すべては大丈夫』は動物が人間を使役する世界の内で、ソ連期名作映画からの引用群を通しスターリンからポルポトへ至る圧政の現代史を寓話化する。東部ウクライナの凄惨な現状を映す重厚なドキュメンタリー『フリーダム・オン・ファイヤー』が緊急上映された銀座の会場では終幕後拍手が鳴り止まず、当のウクライナやロシアからの避難民と思われる観客たちからシュプレヒコールがあがり、肩を抱き合い慟哭する姿もみられた。

また今年の上映作の幾つかには共通して、登場人物の家の壁にあく大穴が存在感を放ったことも印象に強く残る。『クロンダイク』でウクライナ東部ドネツク地方に暮らす若い夫婦の家には友軍の誤射が放たれ、あいた大穴からはマレーシア航空の旅客機墜落現場からあがる火煙が遠く望める。『ヌズーフ/魂、水、人々の移動』では軍に封鎖されたダマスカスで、瓦礫化した家に残る意志の固い父と脱出を考え始める母の板挟みに遭う娘が、寝室の天井へ空いた穴から望む星空に心奪われる。そのようにして家族の日常へ、世界の今日景が突如侵入してくる。銀幕のようにその大穴が外界を映しだす。痴呆症となり団地の檻部屋へ住まわされる母を次男が草原の家へと連れ戻す内モンゴル映画『へその緒』では、トラック衝突による壁の破壊で生活の継続が不可能となった母子が、折り畳まれたゲルを持ちだしてより古い暮らしへの遡行を試みる。

これらのいずれにおいても、犠牲を払ってでも家に残ろうとする心の動きが描かれる。どうあっても離れたくないという心情。その表現は、馴染み親しんだ故郷を離れざるを得なかった人々へ捧げられた鎮魂歌のようにさえ響く。イランで20年の出国禁止を言い渡されたジャファル・パナヒ監督は、トルコ国境近くの村に滞在し、国境のトルコ側で進む新作撮影への指示をインターネット経由で行う。しかし回線は寸断されがちで、監督は部屋を歩き回り四方の窓や扉からルーターを持った腕を差しだすが、電波はなかなかつながらない。この『ノー・ベアーズ』撮影後の今年7月イラン政府に拘束され、今日現在も収監されているパナヒ監督の生存環境では逆に、いつまでも大穴があかない逼塞状況こそが痛烈に諷刺される。

最新の映画群はそのようにして、最新の社会を如実に映り込ませる。報道やSNSなどには為しがたい固有の解像度を以って、遠隔の人々へ理解と共感をもたらし得る。国際映画祭にまず求められる資質は従って、各地で陽の目をみる時機を待つ気鋭の新作に敏感な選択眼の確かさであり、地域の映画産業振興を優先する身振りは筋違いでしかない。すでに35回を迎える東京国際映画祭はここを長らく誤り、その規模と注目度において例えば後発の釜山国際映画祭にも遥かに水をあけられ、《Tokyo International Film Festival》の略称「TIFF」も国際的には専らトロント国際映画祭を指す現状を招いている。しかしこの状況を憂う是枝裕和監督らの声が、近年は形となりだした観もある。期間中に催された東京国際映画祭アンバサダー橋本愛との対談において是枝監督は、この種の映画祭主催イベントでは稀なほど斟酌のない舌鋒により、映画祭の形態のみならず映画界の労働環境問題という根本から問題視し、日本の遅れた現状へ重い苦言を呈した。

 

日本ではいまだ学生の文化祭のような徹夜労働を強いるノリが撮影現場では強制されがちだが、是枝監督は新作『ベイビー・ブローカー』で日本のそれとはあまりにも異なって成熟した韓国での映画製作を経験し驚いたとも強調する。また今年還暦を迎えた自身が韓国の映画業界では長老の扱いなのに対し、日本へ戻ってくるとむしろ中堅若手へ括られ世代交代が進まない現状への違和感も打ち明けた。橋本愛はこれを受け、子育て世代の母親が働きづらい日本の現場の問題点など、女性の立場から抱く違和感については今後も積極的に声を上げたいと応じた。忖度により身内批判があらかじめ封じられる日本社会に、こうして小さくとも風穴を開ける試みの為される場が維持されるなら、それでこそ映画表現と“祭”の本義は果たされる。今後へ大いに期待したい。

(ライター 藤本徹)

第35回東京国際映画祭
https://2022.tiff-jp.net/ja/
2022年10月24日~11月2日開催(日比谷/有楽町/銀座)

第23回東京フィルメックス
https://filmex.jp/2022/
2022年10月29日~11月6日開催(有楽町)

【本稿筆者による言及作品別ツイート】

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