思い出の杉谷牧師(11)下田ひとみ

 

11 キャロリング

凍るようなイブの夜だった。私たちはキャロリングをするために教会に集まっていた。
ピアノを囲んでの練習が終わった後、何台かの車に分かれて乗り込んだ。私は杉谷先生の車だった。運転しているのは、まだ信者になりたての小池さんだ。
1番目の家に着く。
車から降り、皆でその家の前を取り囲むようにして立った。持っていた蝋燭(ろうそく)に次々と火がともされる。

メリー・クリスマス メリー・クリスマス
メリー・クリスマス ツーユー

みんなで一斉に声を合わせる。
玄関の明かりがついて、家の人が出てきた。

きよしこのよる 星はひかり
すくいのみ子は まぶねの中に
ねむりたもう いとやすく

家の人も一緒になって歌う。白い息が闇に広がり、蝋燭の灯がゆらゆらと揺れる。
ふと見ると、こんなに寒い夜なのに、小池さんはコートもジャンパーも着ていない。
歌が終わって先生は小池さんに声をかけた。
「上着はどうされました。車の中ですか」
「いやあ、車の運転だけだと思ってたんで、持ってこなかったんですよ」
キャロリングは初めてだった小池さんは、運転の奉仕者も歌に参加するとは知らなかったらしい。
これを聞いた先生は上着を脱いで小池さんに差し出した。小池さんはびっくりして、とんでもないといった顔で手を振っている。重ねて先生は勧めたが、小池さんは、
「大丈夫ですから、先生の方こそ早く着てください。寒いですよ」
といって、逃れるように足早に、徒歩で行ける次の家へと向かって行った。その後、先生は上着を車の中にしまいこんでしまった。
何軒も何軒もキャロルは歌われていく。先生は薄い背広姿で積もった雪の中に立っている。
「先生、寒いでしょう。コートを持ってきましょうか」
私は何度か先生に声をかけた。
「いや」
先生はわずかに首を振るだけで、その都度決して「うん」とはいわない。行く先々の家では、上着のない先生の姿に気づいた人もあった。
「先生、コートは着てこられなかったんですか」
先生は、白髪の混じった眉を困ったようにひそめて、
「いやなに、大丈夫です」
と言葉少なに返事をする。
人々は怪訝(けげん)な顔をしてもっと何か訊(たず)ねたそうにするが、頑固に押し黙ってしまう先生の様子に、それ以上の言葉はつい呑み込んでしまう。
ずっとこんな調子だった。
骨太でがっしりたくましい小池さんと、細身で病身の先生とでは同じ寒さでも身にしみ方が違うのに……と、私は気が気でならない。幸い(?)というか、途中でほかの車の運転手になった小池さんは、初めての奉仕に夢中で、このことにちっとも気がつかなかったようだ。

 

キャロリングが終わった。
教会に帰ると、ストーブで暖められた部屋と熱いおしるこが待っていた。
先生の奥さんが車の音を聞きつけて、玄関に私たちを迎えてくれる。
「お帰りなさい。寒かったでしょう、ご苦労様」
このねぎらいの言葉と甘いおしるこの匂いで、私たちは役目を果たし終えた解放感でホッとし、今までの寒さも忘れてしまう。毎年毎年これが恒例の、私たちのイブの夜なのだ。
会堂に入り、ストーブを囲んで座った。コートを脱ぎ、思い思いの恰好をし、すっかりくつろいで熱いおしるこをすする。
「寒かったなあ」
「足の先がじんじんするで」
「でも今年も無事に終わったなあ」
「本当に」
「感謝だなあ。あの森下さんところの子供、こんなに遅うまで、よう起きとったな」
「うちやーがくるまで寝んって、がんばったんだって。ついでに、サンタクロースがくるまで起きとくっていっとったで」
「そりやあ、えらいことだ」
おどけた笑い声が起こる。
先生はお椀を持たず、まだストーブに両手をかざしていた。すっかり冷えきってしまった身体がなかなか暖まらないのだろう、と私は熱いお茶を先生の前に置く。
「小西さんとこで出してかあさった、こぶ茶、うまかったなあ」
「うん。熱うて、はらわたに沁(し)みたなあ」
「北町さんがくれた飴も、ありがたかったで。ちょうど歌いすぎとって、声がかれてきとってな」
「そうだが、うちもそうだったが」
「ぼくもそう。ちょうどうまい時に、うまい具合に出てくるんだが。不思議でなあ」
「主(しゅ)の山に備えあり、だが」
「本当だ。あんた、うまいこというなあ」
先生がようやくおしるこの椀を手に取った。白い湯気がうっすらと、青ざめた顔にかかる。
しばらくして人心地がついたらしく、先生がいった。
「いやあ、みなさん、今日は本当にご苦労様でした。こんなに遅くまで、お疲れ様です」
その言葉は先生のほうにあげたい、と私は腕時計を見た。針は午前をまわっている。
外では街路樹が凍り、明かりの消えた家々の窓を雪の結晶が飾っていた。2千年前と同じように星は夜空を彩り、人々は眠りに就いている。
救い主の生まれた夜が始まったのだ。(つづく)

 






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