雑誌『ぴあ』の創刊メンバーで、映画・映像産業の発展に携わってきた黒川文雄氏(76)が11月3日、日本バプテスト連盟目白ヶ丘教会(東京都新宿区)のオープンチャーチで「キリスト教と映画」と題して講演した。日本のエンターテインメント産業の歩みを振り返りながら、キリスト教が映画や音楽、社会に与えてきた影響を紹介。特に、創刊間もない『ぴあ』を支えた教文館の元社長、中村義治氏(1926~2004年)との交流が、自身の信仰につながった経緯を明かした。合間には過去の名作の中で使われた楽曲の生演奏も披露され、約100人の来場者が耳を傾けた。
黒川氏は1950年生まれ。中央大学在学中の1972年、矢内廣氏らとともに、映画、演劇、コンサートなどの情報を集めた月刊誌『ぴあ』の創刊に参画した。映画監督を志していたものの、映画を作る側ではなく、映画の情報を届ける雑誌を作ろうと仲間と立ち上げたのが始まりだったという。
学生運動が盛んで、既成の価値観や文化が大きく揺れ動いていた時代。パリの『パリスコープ』やロンドンの『タイムアウト』など海外の都市情報誌を参考に、映画館の上映時間や演劇、音楽などの情報を1冊にまとめた。黒川氏は、新しいものを生み出す際には、既存の発想や仕組みを組み合わせることが重要だと振り返った。
しかし、創刊当初は書店に雑誌を置いてもらうことさえ難しく、出版取次会社との取り引き実績もないため自ら書店を回って販売先を開拓していた。転機となったのは、紀伊國屋書店の田辺茂一社長から紹介された教文館の中村義治社長との出会い。中村氏は1971年から2004年まで教文館の第8代社長を務め、日本キリスト教書出版販売にも深く関わった人物である。
中村氏は出版業界の人脈を生かし、『ぴあ』の販路開拓に協力。創刊2号目には、田辺氏が主宰した書店関係者の集まり「悠々会」の書店紹介も掲載された。取次会社や出版社との橋渡しを担い、地方の書店を訪ねる際にも同行するなど、事業のさまざまな局面で黒川氏らを支えた。中村氏が書いた紹介状を携えて書店を回った結果、89店が『ぴあ』を置いてくれたという。
『ぴあ』はその後、1976年に出版取次会社との取引を開始し、独自のイラストで知られる表紙や読者参加型の企画を通じて成長。77年には、後の「ぴあフィルムフェスティバル」につながる自主製作映画の上映企画を始めた。黒川氏は、従来の映画会社で長年助監督を経験しなければ監督になれなかった時代に、8ミリ映画を劇場で上映する機会を設けた意義を強調した。
2004年に中村氏が亡くなり、教会で営まれた葬儀に参列したことが、自身の信仰を考える大きなきっかけとなった。参列した葬儀で牧師が故人の生涯と人柄について語るのを聞き、それまで抱いていた思いが変わったことを明かした。人のために尽くそうと奔走した中村氏を見習い、「自分も人のためにできることをしていこう」と思い至り受洗。今も同教会の会員として仕えている。
講演の後半では、映画とキリスト教の密接な関係について、豊富な作品例を挙げながら解説。聖書やキリスト教への理解があれば、映画だけでなく美術や音楽の楽しみ方も広がると指摘し、西洋文化はキリスト教と切り離して考えられないと述べた。
さらに、現代社会の課題として人工知能(AI)の発展にも話題を広げた。『2001年宇宙の旅』に登場するコンピューター「HAL9000」や、アンドレイ・タルコフスキー監督の『惑星ソラリス』を例に、科学技術が人間の知性や記憶、意思決定に及ぼす影響を考察。AIの軍事利用や人間による制御の難しさについても問題を提起した。
この日のオープンチャーチでは、アジア・アフリカの農村指導者を育成するアジア学院の活動紹介や、ミャンマーの人々を支える「 アトゥトゥ ミャンマー支援」による販売などもあり、会場となった教会と幼稚園は子ども連れの家族も含め賑わいを見せた。

