志学会が設立20周年 「学術の世界で信仰をもって生きる」 AI時代の研究と良心を問う

キリスト者の若手研究者や研究職を目指す学生を支援する「志学会」(森田美芽会長)は10月31日、東京都千代田区のKGK学生ホール(お茶の水クリスチャンセンター)で設立20周年記念大会を開催した。「学術の世界で信仰をもって生きる――現代社会に召されたキリスト者の学術研究の可能性――」をテーマに、対面とZoomによるハイブリッド形式で実施。森田氏、山口陽一氏(東京基督教大学)、大塚寿郎氏(上智大学)、鈴木寛氏(国際基督教大学名誉教授)が、それぞれ歴史、大学、科学と信仰などの視点から問題提起した。

志学会は2002年、すぐ書房社主だった故・有賀寿(ひさし)氏の呼びかけを契機に活動を始め、2006年に設立総会を開催。以来、リトリートや講演会、若手研究者への研究助成などを続けてきた。キリスト者の研究者が研究・教育などの専門的職務において「信仰を活かした良い働き」をすることをビジョンとして掲げている。

「志学会20周年から明日へ」と題して発題した森田氏は、有賀氏が紹介したフランスの思想家ジャック・エリュールの『技術社会』に言及。本来、人間のための道具であるはずの技術や制度が、逆に人間の生活や組織を規定し、質的なものを量的なものへ変えていくとの指摘を、AIが急速に普及する現在と重ね合わせた。

その上で、キリスト者研究者には「時代の現実を見つめ」ながら、「時代に流されない価値観から時代を超えていく」視点が必要だと強調。「それぞれの分野で神の視点、永遠の側からの視点」に立ち、自らの学問を神と人のためにどう用いるかを問い直すことが課題だとした。また戦後の日本の福音派について、社会への積極的な関与や提言が十分ではなかったとの反省にも触れ、研究者同士が孤立せず、切磋琢磨し励まし合う志学会の役割を確認した。

山口氏は「日本キリスト教史の特徴と焦点」と題し、約500年に及ぶ歴史を「殉教」を軸に振り返った。キリシタン時代、信仰を「言葉と身持ち」で表した人々が殉教した一方、長期の禁教を経て、近代のキリスト教は「国害」と見なされる状況を反転させるため、「報国」を強調する方向へ進んだと指摘。戦時下には「殉国」が「殉教」と結び付けられ、国家を相対化するはずの信仰が国家に取り込まれた歴史をたどった。

山口氏はさらに、戦後の課題として「良心」「人権」「抵抗権」を提示。国家や社会を絶対化せず、神の前に立つ者として自らを問い続ける視点の重要性を説いた。パネルディスカッションでも、若い世代の「良心」をどう育てるかが問われ、良心とは知識として教えれば身に付くものではなく、教育者自身を含め、研究と教育のあり方そのものが問われると語った。

大塚氏は「大学の現実と、学問の意味――評価と信仰のあいだで」と題し、現在の大学を取り巻く評価システムを取り上げた。研究者は本来、「何を知りたいか」という問いから研究を始めるが、論文数や研究費、短期間での成果といった尺度が強まることで、「どれくらい成果が出せるか」という問いへ置き換わりかねないと指摘した。

「成果を数値で示すことと、その成果が学問にとって持つ意味や価値を判断することは同じではない」とし、「研究は問いを深めるもの、教育は問いを手渡すもの」と表現。信仰は数値評価に代わる別の尺度を提供するものではなく、「何を重要な問いと考え、何のために学問をするのか」を問い直す視点を与えるものだとした。専門研究の自律性と、信仰の光の下で学問の意味を問い直すことは両立すると述べ、「評価を受けながらも、評価を最終的なものにしない」姿勢を求めた。

数学を専門とする鈴木氏は「科学的真理をもとめて」と題して発題。カール・ポパーの反証可能性などを手掛かりに、科学は誤りを検証しながら理論を修正し、合意へ向かう営みである一方、科学的知見も「絶対に正しい」と保証されるものではないと説明した。その上で、信仰についても、自らが信じることが他者にとっても当然に真実なのかを問い、異なる背景を持つ人々と共有できる言葉を探す必要性を強調した。

パネルディスカッションではAIやゲノム編集など急速に進む科学技術も議論になった。鈴木氏は、技術の発展そのものを止めることは難しいとしつつ、「何を大切にして、それを通して何を自分たちは学んで発信していくか」を一人ひとりが考える時代に来ていると指摘。AIに判断を委ねる場面が広がっても、何を価値とし、誰が責任を負うのかという問いを手放してはならないと訴えた。

討論の終盤には、これから学術研究に携わるキリスト者への期待も語られた。森田氏は研究者としての歩みを「召し」と捉え、周囲の評価にくじけず、より優れた研究を目指してほしいと呼びかけた。大塚氏は、点数や一時的な評価では測れない「召された者としてのエクセレンス」を追求することを勧めた。鈴木氏は、非キリスト者との交流を大切にしながら、「正しさを主張するのではなく、わからないことを大切に」「多様性を大切にする」「互いに愛し合う」という三つの姿勢を示した。

設立から20年。研究環境の競争化や大学の経営問題、AIによる知のあり方の変化など、研究者を取り巻く状況は大きく変わった。一方、何のために学び、何を真理として求め、誰のために研究するのかという問いは変わらない。大会は、信仰を研究の「答え」とするのではなく、研究者自身の前提や社会の価値基準を絶えず問い返す視点として捉え直す機会となった。

この記事もおすすめ