再び「何者でもない」者として~アメリカ滞在最後の日々 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第3回

アメリカ滞在延長のビザがとれず、日本にどうしても帰国しなくてはならなくなった。

砂時計のように残りの時間がどんどん少なくなっていく。最後の1週間は、すべての患者さん、医師、ナース、スタッフに「これまで本当にありがとう、今週で私、最後なんだ」とあいさつをしてまわる。

「私が院長にかけ合う、あなたはもっとここで働くべき!」と言ってくれた看護師もいたし、涙を流して別れを惜しんでくれた患者さんもいた。すべてが嬉しく、そしてこの上なく切なかった。そして、最終日がやってきた。いつもと同じように朝礼を行い、精神科病棟、コロナ室を回った。患者さんたちと手を振って別れるのが辛かった。そして終業の17時がとうとうやってきてしまった。

胸につけていた顔写真入りの従業員証でもあるカードキーを上司に返却した。“Chaplain Kazuhiro”と書かれたこのカードキーは私のアイデンティティであり、病院中すべてのドアを開けることができる鍵だった。夜中のICUルーム、コロナ室、手術準備室、何よりも出会う患者さんと私の心の扉を開き、つなげてくれたカードキーでもあった。キーを胸から外し、上司の手に返した時、私はもうこの病院の職員ではなくなった。もうどの部屋にも入れないし、パソコンにもアクセスできない。

同期9人の同僚チャプレンと抱き合って、私は泣いた。コロナパンデミックの中、それぞれの人生の大転換を経験し、それでもこの病院で共に働いてきたのだ。私以外の全員がアメリカ国籍、永住権を持っている。ほとんどの同僚たちが他の病院、老人ホームなど、チャプレンとしての働き口をすでに見つけている。私は日本に戻っても、チャプレンとして働ける場所は今のところどこにもない。

何者でもない外国人としてアメリカにやってきた私は、バッジを外し、再び何者でもなくなった。いや、最初から何者でもなかったのだ。そして、こんな感傷に浸っている暇はない。帰国までの数日、買いそろえた家具などをすべて処分しなくてはならない。友人にインターネットの転売サイトを紹介してもらい、ソファ、テレビ、自転車などの写真を撮り、サイトに載せると次々に連絡が来た。だが、その半分はなんと詐欺師だった。「君のソファを500ドルで買う、1000ドル分の小切手しかないから、送料を抜いた300ドルのお釣りをPayPalで私に送金してくれ」。最初は信じそうになってしまったが、アメリカで横行している詐欺の手口と同僚から教えられ、虚しさが加速していく。

コロナでオンライン、非対面、非接触で物事のやりとりが進むようになった。けれどもやはり、顔と顔が一番の近道なのかもしれない。同じ居住区での「直接売ります買いますサイト」にすべての家具を出品し直し、直接アパートまで取りに来てくれる人にだけ手渡しで販売をした。ソファ、椅子、テレビ、たこ焼き器……戦いの日々を支えてくれた一つひとつの物が他者の手に渡っていく。車のない日々、買い物から通勤、移動のすべてであったマウンテンバイクを売った時はさすがに涙が流れた。買い手の方に、「買ってくれてありがとうございます。この自転車は私の身体の一部なんです、どうぞよろしく(涙)」と伝えてしまうほどだった。

こうして、アメリカ最後の日々が流れていった。「ありがとうみんな! グッバイ! またいつか必ず戻ってくるから!」

「僕もチャップリンになりたい」 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第2回

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