病院に着いた真沙子は、分娩控え室に直行させられた。着替えを済ませると、直(ただ)ちに点滴が始まった。
分娩控え室は広く、向かい合わせに4つずつ、8つのベッドが並んでいた。ベッドとベッドの間はカーテンで仕切られている。真沙子が入室した時は2つのベッドが埋まっており、それぞれに家族らしき人が付き添っていた。
真沙子のベッドは入り口から右の列、奥から2番目であった。入院の手続きを終えた謙作が部屋に入ってきた。真沙子の点滴の落ち具合を確かめたあと、謙作はベッドサイドの椅子に腰かけた。
「いよいよだね」
「うん」
「がんばれよ」
「ケンちゃん、あのね……」
そう言ったきり、なぜか真沙子は黙ってしまった。
「何?」
「もし、もし男の子だったら、ごめんね……」
謙作がほほ笑んだ。
「何言ってんだよ。キキョウちゃんはジョーク。どっちだっていいんだよ。そんなこと、気にしてたの?」
「だって……」
枕元の明かりが真沙子の顔をだいだい色に染めている。
謙作は真沙子の前髪にそっと手を触れた。
「命が与えられるんだよ。神様からぼくたちに」
「……」
「男の子だって、女の子だって、これ以上の贈り物なんてないよ」
謙作は真沙子の前髪をゆっくりと指で梳(す)いている。真沙子は天井を見つめて不安そうに言った。
「いろんなことを考えるの。どんな子供が生まれてくるのかな。女の子だったらいいな。そうしたらケンちゃんが喜ぶだろうな。男の子だって嬉しいけど。でももし、どこか障がいがあったら、どうしよう……。そんな子供のお母さんに私はなれるかしら。もしもそんな子供が生まれてきたら、ケンちゃんはどう思うかな」
謙作はきっぱりと言い切った。
「たとえ障がいがあったとしても、その子供はその子供として完全な姿で生まれてくる。ぼくはそう信じてるんだ。それにマコなら大丈夫。その子供にとって、きっとマコは世界一のお母さんになるよ。神様がぼくたちを親と見込んで預けてくださった子供なんだから。どんな子供でも、どんと来いだよ」
「ありがとう……」真沙子の目尻を涙がひとすじ伝った。「ケンちゃん、頼もしくなったね」
「3人目だから、ね」
真沙子は視線を移すと、謙作の眼を見つめていった。
「お願いがあるの」
「何?」
「手をにぎっていて」
真沙子の手を謙作はにぎりしめた。(つづく)