6月6日「あの方は、ガリラヤに行かれる」

あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおリ、そこでお目にかかれる。(マルコによる福音書16章7節)

主イエスは復活された。十字架で殺された主イエスを、神が復活させた。ハレルヤ。主の復活は死者が息を吹き返したという蘇生(そせい)ではない。主は死に打ち勝って、永遠の世界に移されたのである。神は主イエスを死から復活させたことによって、すべての人間のために罪の赦(ゆる)しと死の彼方にある永遠の命の道を開かれたのである。主イエスは言った。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」(ヨハネ11・25)。今や、復活の主イエスにお会いし、主イエスを信じる者は罪に定められず、死んでも生きる永遠の命への道を歩むのである。

み使いは、復活の主イエスに会える場所はガリラヤであると今日の聖句を語った。ガリラヤは主イエスが人々に神の国の福音を宣教し、救いの御業を現された場所である。弟子たちにとって、ガリラヤとは彼らが主イエスと初めて出会い、その言葉と業(わざ)に身近に触れた場所である。弟子たちは再びそこに行くことによって、復活の主イエスにお会いした。

今日、私たちが復活の主イエスにお会いするガリラヤはどこか。今日のガリラヤは、主イエスが神の国を宣教し、私たちに新しい生き方へと決断を促す教会である。ここで私たちは復活の主と出会い、復活の希望を与えられ、主に伴われて新しい人生を始める。私たちの人生はもはや死に向かって進むのではなく、死から生へと導かれて行く。「私たちは日没に向かって旅する者ではなく、イエス・キリストによって日の出に向かって旅する者である」(バークレー)。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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