戦後75年を迎えた8月15日、日本キリスト教協議会(NCC)の渡部信議長と金性済総幹事は「平和のメッセージ」を発表した。
メッセージでは、新型コロナウイルスのウイルス源がコウモリであるとする専門家の指摘を取り上げ、「人類の自然に対する乱開発が野生動物の生息領域と餌場を縮減させることにより、本来接することのなかった動物同士の接触を通して、有害ウイルスの感染が人間にまで及ぶに至った」と研究者が警告していることに言及。人類が生態系を破壊し、異常気候変動を引き起こす道を歩んできたことを悔い改め、「いのちの源であられる神の創造の摂理と秩序に立ち帰り、すべてのいのちの共生する地球の持続可能な道を呼びかける宣教と奉仕に努めなければなりません」と訴えた。
また、ウイルス感染拡大の防止と経済活動の保全という課題に臨む中で、政治と行政が機能不全に陥ることを憂慮。コロナ禍がパンデミックとして世界化する中で、世界の平和が脅かされるだけでなく、心の平安の喪失も危惧されているとし、「今こそ、わたしたちは、わたしたちの真ん中に立たれ、聖霊の息を吹き注いでくださり、この世へと送り出してくださる主イエス・キリストに従い、平和のために働く道へと踏み出しましょう」と呼び掛けた。
全文は以下の通り。
平和のメッセージ
「その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸にみな鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた。」(ヨハネ福音書20章19節 聖書協会共同訳)
戦後75周年の8月を迎え、わたしたちは主イエス・キリストの平和の福音に励まされ、遣わされた世にあって、NCCに加盟する諸教派・団体と共に平和を実現する道を歩む思いを新たにします。
世界は、今年初めから今に至るまで新型コロナウイルスの世界的感染拡大に苦しめられています。日本をはじめどの国もその収束に向けて苦闘の最中にあります。しかし、わたしたちはこのコロナ禍のパンデミックを体験することにより、大きな問いを投げかけられています。この度の新型コロナウイルスは元来、コウモリをウイルス源とするものであると、研究者によって指摘されます。研究者はさらに、人類の自然に対する乱開発が野生動物の生息領域と餌場を縮減させることにより、本来接することのなかった動物同士の接触を通して、有害ウイルスの感染が人間にまで及ぶに至ったと警告するのです。すべてのいのちが互いに生かし合い、調和する被造物となるように作られた神の創造に対して、人類はこれまで、飽くことなく利便と快適、そして利益を追い求め続ける貪欲な資本主義を世界化させながら、生態系を破壊し、それに伴い異常気候変動を引き起こす道を歩んできました。わたしたちは今、そのような道を振り返り、悔い改めながら、いのちの源であられる神の創造の摂理と秩序に立ち帰り、すべてのいのちの共生する地球の持続可能な道を呼びかける宣教と奉仕に努めなければなりません。
コロナ禍の危機の中で、民主主義の法秩序は、「例外状況」という政治判断の挑戦を受けることがあります。「緊急事態」を、憲法上の条項として導入し、立法権や司法権を皆、行政当局に一元化できるような憲法の改正を議論する政治の動向に対しては、わたしたちは歴史の教訓に学び、自由と個の尊厳、そして三権分立を厳守する立憲民主主義による平和を求めます。
むしろわたしたちは、ウイルス感染拡大の防止と経済活動の保全という課題に臨む中で、政治と行政が機能不全に陥ることを憂慮します。適切で迅速で周到なる感染防止対策と共に、経済的苦境に見舞われる人々に手厚い補償の政策が行われることが求められます。その施策が審議され、政策を打ち出す(臨時)国会審議を、今多くの人々が求めているのです。さらに、コロナ禍の状況で自粛が求められる困難な経済活動において、まず初めに技能実習生をはじめ在日外国人が不当に解雇され、帰国もできず、生活保障の対象からも除外されるような差別は許されません。「寄留者を虐待してはならない。抑圧してはならない。」(出エジプト記22:20 聖書協会共同訳)と聖書が教える通り、わたしたちは、このコロナ禍の苦境においても、差別なく、小さく弱くされた者も、すべてのいのちが共生する平和な社会をめざします。
コロナ禍がパンデミックとして世界化する中で、世界の平和も脅かされています。このような世界的危機においてこそ、世界の国々が互いに協力し合う平和の外交が求められているにもかかわらず、米中対立は深まり、またこの東北アジアにおいては、日韓関係の膠着状態も改善されないままにあることに、わたしたちは心を痛めます。キリストの平和を追い求めるわたしたちは、和解と平和の宣教を今こそ主に導かれ、推し進めなければなりません。
この時代に人々の直面する、もう一つの平和の危機とは心の平安の喪失であります。“自粛”と“社会的距離”の要請が求められる中で、人々は益々、生活と将来への不安、そして社会的交わりの希薄化による孤独に苦しんでいます。さらには、不安といら立ちが排他的な猜疑心や社会的な差別を増幅させることもあります。
それゆえにこそ、キリストによって呼び集められ、世(オイクメネ)に遣わされた教会(エクレシア)は、「地の果て」のような現実の中で不安と孤独にあえぐ人々に「世の光」として平和の福音を告げ知らせ、また弱く、小さくされたいのちに寄り添い、慰め、励まし合い、共に生きる希望を分かち合うための愛の奉仕(ディアコニア)に召し出され、主と共にあり、主に仕える道へと呼び出されています。
今こそ、わたしたちは、わたしたちの真ん中に立たれ、聖霊の息を吹き注いでくださり、この世へと送り出してくださる主イエス・キリストに従い、平和のために働く道へと踏み出しましょう。
2020年8月15日
日本キリスト教協議会
議長 渡部 信
総幹事 金 性済