自分が立っている場所 山森みか 【宗教リテラシー向上委員会】

10月7日、仮庵の祭が終ろうとする安息日の朝、ガザを事実上支配しているハマスがロケット弾攻撃とともにイスラエル領内に2500人の戦闘員を送り込み、音楽フェスや近隣のいくつかのキブツを攻撃した。この攻撃で確認されたイスラエル側死者は約1300人、ガザに連れ去られた人質は200人以上である。イスラエルは直ちに反撃、ハマス戦闘員を掃討してガザの攻撃拠点を空爆。予備役兵を召集して地上戦の構えに入った。

2006年以降、ハマスは西岸パレスチナ政府と袂を分かちガザを事実上支配している。パレスチナ自治政府がイスラエルを国家として承認しているのに対してハマスは立場を異にし、イスラエルへの攻撃を繰り返してきた。ハマスが撃ち込むロケット弾は次第に飛距離を伸ばし、連携するイスラム聖戦(PIJ)も攻撃に加わるようになった。衝突のたびに双方、とりわけガザの一般市民の側に多くの被害が出る。イスラエル市民の被害が少ないのは、「アイアンドーム」のような対抗手段となるハイテク機器の開発や、避難シェルター設置がなされてきたからであった。一連の衝突は規模の大小はありながら、被害が一定程度に達すると停戦合意が結ばれ、次の衝突までの断続的な小康状態が保たれてきた。

ガザのハマスが時折イスラエルと交戦する状態は、イスラエル右派政権にとってある意味都合がよかった。ハマスによってパレスチナ自治政府の力が弱まるとイスラエルにとってはパレスチナ国家を承認しない理由ができるし、定期的に攻撃があると和平より安全という強硬政策が取りやすくなる。またイスラエルがハマスの力を定期的に削ぐことは、ハマスと対立するパレスチナ自治政府にとってもメリットだった。1993年のオスロ合意でなされたイスラエルとパレスチナの二国家共存という取り決めのリアリティがどんどん遠ざかる中で、危ういバランスで保たれる現状維持は、解決の先送りという意味で国際社会にとっても好都合だっただろう。この構図が長引くにつれ各方面に蓄積されていく既得権益もまた、この膠着状態を続けさせてきた。

今回のハマスによる攻撃がイスラエルにもたらした甚大な被害は、この構図を一変させるだろう。イスラエルは、今までのやり方でハマスを存続させるわけにはいかないというコンセンサスに至った。衝撃的な映像がSNSで拡散され、さまざまな人がさまざまな立場から「今すべきこと」を主張している。悪意あるフェイクニュースもあれば、もっともな論理的根拠のある主張もあるだろう。ここでは、どのような主張をすべきなのかは問わない。どのような主張の表明も言論の自由である。デモや署名などの運動も時には有益だろう。だが当事者以外の立場から「こうすべき」と言う際には、自分がどこに立っているのかをまず自覚する必要がある。政治的に難しい局面においてどちらかに舵を切る時には、必ずそれによって現実に被害をこうむる人々が出てくるからである。

人間には「正しい側に立ちたい」「中立でいたい」「事態改善の役に立ちたい」といった欲求がある。これらの欲求自体はポジティブなものだが、自分の主張が出てきた背景にあるのが何なのか、それは単に自分の立ち位置を確認して安心したいだけではないのか、過剰に煽動的な強い言葉を用いていないかをいったん立ち止まって考えてから主張し、行動すべきではないか。双方の被害が拡大しないこと、1日も早く事態が改善されることを願っている。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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