【夕暮れに、なお光あり】 しんがりを、のろのろと 上林順一郎

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〝牛はのろのろと歩く 牛は大地をふみしめて歩く 牛は平凡な大地を歩く〟――高村光太郎の「牛」と題する詩の一節です。

今、日本では身近に牛を見かけることはなくなりましたが、以前東南アジアの農村を訪ねた時には水田を耕しているたくさんの水牛を見ました。1日の仕事を終え、夕日を背に受けてゆっくり家路へ向かう農夫と水牛の姿に、日本でのあわただしい日々を反省したことでした。

水牛といえば、アジアの文化と生活の視点から『水牛神学』(教文館)を提唱したのは小山晃佑さんですが、小山さんには『時速五キロの神』(同信社)というユニークな題名の説教集があります。捕囚の地エジプトを脱出し、約束の地に向かって旅するイスラエルの民と同じ速さで歩かれた神を表現したものです。

エジプトを脱出した時、イスラエルの後をエジプトの戦車と騎兵が追いかけます。すぐにイスラエルの民は追いつかれ殺戮されることでしょう。その時「イスラエルの陣営の前を進んでいた神の使いは移動し、彼らの後ろから進んだ」(出エジプト記14:19)と聖書は語ります。時速5キロで民を先導していた神の使いは人々のうしろに回ったのです。列のしんがりには老人や女性や幼い子どもたち、牛や羊などの家畜がのろのろと歩いていたはずです。神の使いはその後ろ側に回り、襲い掛かるエジプトの軍隊から身を挺してイスラエルの民を守ろうとしたのです。

80歳となりこれまで以上に心身の衰えを感じます。若いころは人に先んじることばかりを考えていたのが、今は後ろから来る人に追い越されることも多くなりました。しかし、自分を追い越して先へ行く人の背中を見ながらしんがりをのろのろと歩いて行くのもよいと考えています。

そしていつの日か声が聞こえ「全体、止まれ。回れ右!」あれ~、しんがりにいたはずが一番前に! 一緒に歩いてきた老人や子どもや病人や体の不自由な人たち、そして牛や羊たちも一緒です。「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」(マタイによる福音書19:30)、その日、イエスの永遠の命への約束が実現するのです。

〝やっぱり牛はのろのろと歩く 牛は急ぐ事をしない ひと足、ひと足、牛は自分の道を味わって行く〟――今年は丑年、「肥えた牛を食べて憎み合うよりは、青菜の食事で愛し合う方がよい」(箴言15:17=新共同訳)

この社会のしんがりを歩かざるをえない人々とこれからも一緒に歩いて行きましょう。青菜をたべながら、のろのろと。

かんばやし・じゅんいちろう 1940年、大阪生まれ。同志社大学神学部卒業。日本基督教団早稲田教会、浪花教会、吾妻教会、松山教会、江古田教会の牧師を歴任。著書に『なろうとして、なれない時』(現代社会思想社)、『引き算で生きてみませんか』(YMCA出版)、『人生いつも迷い道』(コイノニア社)、『なみだ流したその後で』(キリスト新聞社)、共著に『心に残るE話』(日本キリスト教団出版局)、『教会では聞けない「21世紀」信仰問答』(キリスト新聞社)など。

 






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