口と心にカギを…前に進めない香港 小出雅生 【この世界の片隅から】

先日、友人が逮捕された。2019年の抗議活動で逮捕された人の裁判費用を支援する団体の運営に関わっていたことが理由なのだが、国安法の後、もう2年も前にその団体は解散している。去年、理事だった陳日君枢機卿らが逮捕され、長い間、もうこの件は終わったものとばかり思っていただけに、唐突な逮捕に心穏やかではない。彼女はクィーンズピア保存運動や高速鉄道建設に伴う農地の収用反対など、街づくりの社会運動から陳枢機卿と出会い、カトリックの信仰に導かれた信徒でもある。香港の正義と平和協議会のスタッフも長く勤めたが、コロナ期間中にはカトリックの神学院も一信徒ながら卒業した。この数年は書店の店員として静かに暮らしていた。

今年の返還記念日にはいつも以上に国旗と区旗が飾られた

香港はこの春にコロナ関係の規制が撤廃され、中国側との行き来もできるようになった。街は徐々に賑わいを取り戻しつつある。見上げれば飛行機もよく見かけるようになったし、港を行くコンテナもほぼ満載である。政府も自身の成果として、安定と繁栄を強調している。同時に、コロナのころにはなかった高速道路の通勤時間帯の渋滞も最近ひどくなっている。

この半年、大きな制度変更もあった。2019年に、その投票率と当選議席数が話題になった区議会の選挙制度も変更議案が5月に立法会で可決された。特筆すべきは返還以後、廃止されていた政府指名の委任議員が大幅に復活し、94%だった直接選挙枠は、イギリス時代の最初の区議会議員選挙の27%よりもさらに少ない18%と最低になった点である。

また「明報」という中立系新聞で40年間も連載されてきた風刺漫画が政府から6回、批判を受けた後、新聞社は連載中止を決めた。さらに驚いたのは、40年間も連載されれば単行本も発売されていたのだが、連載中止翌日には公共図書館から閉架処置となり、図書館の収蔵目録からも姿を消した点である。ただ、それ以前に2年前、蘋果日報がつぶされて以来、ニュースそのものへの関心が薄らいでいて、それを反映してか、新聞そのものを扱わないコンビニエンスストアも増えている。

2年ぶりに復活したカトリック教会のブース

出版物といえば毎年7月、「香港書展」という大型の展示即売会が、(26年前に返還式典も行われた)コンベンションセンターで1週間行われてきた。しかし、2年前からは国安法に抵触する可能性のある書籍を発行する出版社は出店できなくなっている。今年の書展では、2年間ブースのなかったカトリック教会のブースが復活し、公教報やセントポールなど、いくつかの出版社が合同で出展していた。おそらく、6月にあった香港主教と北京主教の会談、合同司式のミサと関係があるのかもしれない。半面、去年まで教派でいくつかブースを出していたイスラム教(回教)のブースは一つのみとなっていた。

今の香港を思い巡らせる時、ヨハネによる福音書20章19節の前半、「ユダヤ人をおそれて」というくだりは、とてもリアリティがある。皆が口にカギをかけ、心にカギをかけて、落胆の日々を暮らしていた空気が伝わる。特に朝の出勤時、渋滞に巻き込まれた際、隣の車をチラッと見てみる。それぞれの思いを抱えてハンドルを握っている。横に拡がる青い海と雲の輝く青い空。その下、橋の向こうに香港島のビル群が見えている。道があるのに、気持ちがあるのに、前に進めない。渋滞の中、今の香港の状況に重なって見えるのだ。街中で旅行者を見かけるが、以前のようなトラブルはあまり聞かない。むしろ、以前より格段に高価な旅行かばんを着飾った人が引っ張っている。コロナはさらなる格差を残していったのかもしれない。

連載が中止された40年間続く風刺漫画

こいで・まさお 香港中文大学非常勤講師。奈良県生まれ。慶應義塾大学在学中に、学生YMCA 委員長。以後、歌舞伎町でフランス人神父の始めたバー「エポペ」スタッフ。2001年に香港移住。NGO勤務を経て2006 年から中文大学で教える。

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