望みが叶うときこそ、人には「魔がさす」【聖書からよもやま話102】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにおこしいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧新約聖書、列王記第二の8章です。それではよろしくどうぞ。


◆列王記第二 8章14~15節

王が彼に、「エリシャはあなたに何と言ったか」と尋ねると、彼は「あなたは必ず治ると言いました」と答えた。しかし翌日、ハザエルは厚い布を取って水に浸し、王の顔にかぶせたので、王は死んだ。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

ハザエルはベン・ハダドという王様の部下でした。ハダドはハザエルに「私の病気が治るかどうか、預言者エリシャに聞いてきてくれ」と頼みました。エリシャはハザエルに答えました。「王の病は治るけど、王はすぐに死にます。そしてハザエル、あなたが王になります」これを聞いたハザエルは王のところに帰ってエリシャの言った通り「あなたの病は治ります」と報告しましたが、しかし翌日、自らの手で王を殺してしまいました。エリシャは「王は死ぬ」とは言いましたが「あなたが殺せ」とはまったく言っていません。ハザエルはしかし「これは俺に王を殺せということなんだ!」と早合点してしまったように見えます。

なんだかとても恐ろしい話です。ハザエルはエリシャの預言を聞くまでは、自分が王になるなんて考えてもいなかったようです。しかし「あなたが王になるのだ」とエリシャから聞かされると、一夜にして王を殺してしまいました。

ハザエルは心の底では王になりたかったのだと思います。でも実際に王になれるチャンスはなかったので「王の座なんてまったく望みません」と他人にも自分にも、言っていたのだと思います。しかし心の奥底の本当の欲求を満たすことができるのだと知った時、彼は豹変してその欲求を果たしました。

普段「お金は最低限必要なだけあればいい」と、無欲に過ごしているように見える人でも、いざ実際に大金を得る機会が与えられると豹変したりすることがあります。これは人ごとではありません。いわゆる「魔がさした」というのはこういう状況を言うのかもしれません。「これは叶わぬ望みだ」と押し殺していた欲求が、満たされるチャンスを得た時、人の心は乱れて、それまでには予想もできなかったことをしてしまったりします。自分では「無欲に生きている」つもりであっても、いざ欲しいものが目の前にある時に、本当に無欲でいられるかは、その時が来るまでわかりません。言い換えれば「夢が叶う時」の、その直前が「魔がさす」最も危険な時なのかもしれません。そのときに「魔がさす」ことがないように、神様の守りを祈りたいと思います。

それではまた。
主にありて。
MAROでした。

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