中国におけるキリスト教学校再建の試み ヴィクター・リー 【東アジアのリアル】

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19世紀以降、欧米宣教師が建てたキリスト教学校は中国近代教育史に重要な位置を持つが、1949年以降、中国共産党政権が教育権を握ると、こうした学校はすべて閉鎖されてしまった。ところが、中国の経済改革開放に伴い、特に2000年代に都市部に新興の家庭教会〔非公認教会〕が増加すると、教派伝統の再建の機運や無神論教育に対する不満もあり、各地に無認可ながらもキリスト教学校が再び出現し始めた。

2000年代は公立高等教育を受ける学生が増加し、教育産業の改革が始まった時期でもあるが、同時に児童虐待、いじめ、受験プレッシャーによる精神不安定や自殺、塾の過熱化など、学校環境をめぐるさまざまな問題が注目を集めるようになった。こうした時期に、キリスト教学校をはじめ、ホームスクーリングやシュタイナー教育など、公教育とは別の民間運営による新たな教育が模索されるようになった。

公立学校の上記の問題のほか、唯物主義無神論、進化論、愛国主義教育、不健全な文化が、次世代の信仰を失わせつつあることをキリスト者の家庭は悩んでいる。子どもの信仰教育を重視する家庭は週に一度の日曜学校だけでは満足できず、多数の教会が独自に学校を開設し、教会員の子弟教育の必要に応えようとした。

その際、改革派の「契約神学」が、キリスト教学校設立の神学的基盤となった。契約神学では、子どもたちは選びを受けているか否か未確定なノンクリスチャンではなく、「契約の民」の一員として聖書の教えとキリスト教的価値観に基づき教育を受けるべきである、と理解されるからだ。また、都市部の家庭は比較的裕福であり、政府の補助がなくとも私立の教育費を捻出することができ、さらには子どもが国内で進学ができなくとも、将来は海外留学をさせられるだけの経済基盤があることも、キリスト教学校設立の背景となっていた。

中国の無認可のキリスト教学校で多く用いられているアメリカのホームスクール「Abeka」の教材。中国の代理販売人のキリスト者数名が10月半ばに逮捕・拘束されている。

ハルピン、北京、鄭州、南京、成都、厦門(アモイ)、深圳などに、幼稚園、小・中・高校、大学レベルの学校、さらには教師育成専門学校が出現し、人数規模は数名から100名までさまざまだ。これらのキリスト教学校は交流のための協会を自発的に結成し、教育方法や教材の情報交換、共同での屋外活動を実施している。筆者の聞くところでは、ある協会は最盛期には約200校のキリスト教学校が参加していたという。

しかし、政府は登録を条件に民間の学校運営を許可するが、無神論イデオロギーの故に、宗教団体の学校運営を許可しない政策をとっている。そのため、各地でキリスト教学校が増加すると、中国共産党のイデオロギー統制と衝突するのは時間の問題だった。2018年以降、各地のキリスト教学校に対する当局の取り締まりのニュースがひんぱんに伝え聞かれるようになった。当局は、学校を移転に追い込んだり、親に圧力をかけたり、教師を処罰したり、親を義務教育法違反で起訴したり、教師を違法経営罪で起訴したり、さまざまな方法で弾圧を加えている。こうした状況下で、各地のキリスト教学校はそれまで以上に地下潜伏せざるを得なくなり、教師訓練、財政、教室確保の困難も大きな問題となっている。

子どもにキリスト教教育を受けさせる選択をした場合、親は子どもの学業や将来の就職が同年代の他の子どもに後れを取りやしないか不安を抱く。現在のところ、キリスト教学校を卒業して社会で働いている卒業生はそれほど多くないため、キリスト教教育を受けた彼らが今日の中国でどのように生き、社会に溶け込めるのか、見守り続ける必要がある。

中国大陸においてキリスト教学校が再出現してから短期間であるにもかかわらず、すでに内外に多くの弾圧と困難がある。そうした状況下にあって、複数の家庭での共同勉学やホームスクールなど分散式でキリスト教教育を維持する方法が模索されている。どれほど状況が厳しくとも、キリスト教学校を建てようとする教会が存続し続ける限り、キリスト教学校の伝統再興の火が消えるはずがないと、筆者は信じて止まない。(翻訳=松谷曄介)

ヴィクター・リー 1980年代生まれ。中国内陸の農村のキリスト教の家庭に生まれ、少年時代に農村家庭教会のリバイバルを見て育つ。中学卒業後、南方の都市部で職に就き、独学で大卒資格を得た後、神学校で学び神学学士を取得。現在、浙江省温州市の家庭教会伝道師。家族は妻と二子。

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