私のアイデンティティは、「チャプレン/牧師」である。しかし、専門的なチャプレントレーニングを受けるために、私は二度、勤めていた教会の牧師を辞めている。どちらの教会にも深い思い入れがあった。 だから、それはとても苦しい決断だった。
それでも教会を辞めたのは、米国で始まり、長い歴史を持つチャプレントレーニング、ACPE(Association for Clinical Pastoral Education)認定のCPE(Clinical Pastoral Education)を学ぶためには、長期間の渡米と研修が必要だったからである。
だが実際には、教会に在職したまま長期間渡米し、CPEを取得することは難しく、私はそれまでの牧会の場を離れなければならなかった。教会を離れても、牧師でなくなるわけではない。 それでも、教会でしか働いたことのなかった私にとって、牧会の現場を離れることには大きな不安があった。
CPEの1単位を取得するためには、臨床実習と座学を合わせて400時間、約3か月に及ぶ集中的なトレーニングが求められる。米国では、教派や神学校によって、CPEの1単位が牧師養成課程に組み込まれていることがある。また、病院で専門職のチャプレンとして働くためには、通常4単位、すなわち1600時間、約1年間のトレーニングを受けていることが、一つの基準となっている。
CPEは、宗教の有無や宗派の違いを超えて、人の苦しみや喪失、生と死の意味に向き合う訓練である。同時に、自分自身の過去や感情、他者との関係や境界を継続的に見つめながら、ケアのあり方を学んでいく訓練でもある。その世界へ踏み出す大きな決断を前に、私の背中を押してくれたのは、恩師の一言だった。
「君もアメリカに行き、CPEを取りなさい」
恩師自身も、多くのリスクを背負って渡米し、CPEを取得した経験を持っていた。その経験をもとに、10年以上にわたって、私にこの言葉をかけ続けてくれた。けれども、最初は恩師の言葉があまりピンと来なかった。私が学んだルーテル神学校にも、最終学年にCPEのプログラムがあった。当時の神学校でも、10週間にわたり、週に1回、精神科病棟で学ぶ機会が与えられていた。
さらに、神学校を卒業して赴任した教会は、歌舞伎町にも近い新大久保にあった。多様な背景を持つ人々が行き交う地域で、私は日々、さまざまな苦しみや病を抱えた方々と教会で出会っていた。14年間で、150人を超える方々の葬儀を行わせていただいた。
私は神学校で学び、新宿の教会で多くの方々の病や喪失、人生の転機に立ち会ってきた。そうした経験を重ねる中で、いつしか私は、自分にはチャプレンとして必要な力が、すでに十分に備わっていると思い込むようになっていた。
しかし、経験年数だけで、ケアの専門性が保証されるわけではなかった。長い間、立ち止まることなく牧会の現場を走り続けてきた私はエネルギーを使い果たし、自分が何のために牧師になったのかさえ見失いかけていた。一度立ち止まり、自分自身と行ってきた働きを見つめ直す必要があった。けれども、どうしても立ち止まる勇気がなかったのだ。
そのような中で、私は自分の原点を問い直した。
「私は、何のために牧師になったんだっけ……」
私は、家族が生死の境をさまよった時に、牧師に支えられた。そのような人になりたいと願って、牧師を、そしてチャプレンを目指していたはずだった。暗い靄の中で悩み続けていた時、恩師の言葉が再び私の中で響き始めた。
「君もアメリカに行き、CPEを取りなさい」
10年以上にわたり、恩師がかけ続けてくれた声を、形にする時が来たのだ。
私は、勤めていた教会を辞める決意をした。14年間、家族のように時間を過ごしてきた人々と離れるのは辛かった。けれども辞めなければ、次に進むことができなかった。矛盾するようだが、私はチャプレン/牧師になるために、教会という働きの場を離れたのであった。
(つづく)
【CPEプログラムのご案内】
ACPE認定のチャプレントレーニングCPEが9月より日本に向けて開講。今季は定員で受付終了、次期は27年の1月より開講予定。
問い合わせは Kazuhiro.Sekino[アットマーク]acpe.edu まで。
CPE of Central California
https://www.cpecentralca.org/home/cpe-units
