“日本にもチャプレンが必要です” 中編 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第6回

日本に戻り、さまざまなしがらみの中でキリスト教系病院でチャプレンとして働く道が途絶えた。そして、1年の中で最も忙しいクリスマスの時を迎え、教会や学校などでのクリスマス礼拝を行っていくうちに、私は完全に自分が教会の牧師に戻ってしまった気がしていた。病院で働くチャプレンになりたくて牧師になり、アメリカまで行き資格を取得したが、実際にこの国で私がチャプレンをやるポストがない。この間、いろいろな人が「関野牧師なら引く手数多ですよ!」とは言ってくれたが、まったくそんな気はしなかったし、引く手は実際にゼロだった。

だがそのような中、医療従事者のサークルを主催している知人の佐藤さん(仮名)が会わせたい人がいると言って、オンラインで若手の医師との面談をセッティングしてくれた。初めて会う医師、しかもお互いに息づかいを感じられないパソコンのZoomの世界。それでも私はアメリカのコロナ病棟でのチャプレンとして行ってきた看取りの話、日本におけるチャプレンの必要性などをプレゼンテーションした。医師は「すごい! おもしろそう!」と、とても興味を示してくれた。

だが実際は、そこまで期待していなかった。これまでも何人かの医師と話をしてきて、皆が「大切な働きですね。今後必要になってくると思いますので、また連絡します」とは言ってくれたが、その後の連絡は誰からもなかったからだ。日本の一般の病院でチャプレンがいるところはほぼない。しかもコロナ禍による現場の混乱の中で、新しい試みなどできるはずはない。

焦りを通り越し、諦めさえ感じてきた。「人生こんなもんだ。願ったようになどならない。皆、それでも生きるために目の前の仕事をこなさなきゃいけないんだ」。自分に言い聞かせながらも、魂は叫んでいる。「私はチャプレンになるために生きているんだ、こんなところで終わってたまるか!」

次の週に佐藤さんが「東北に会わせたい医者がいるから行きましょう!」と声をかけてくれた。今までキリスト教界の中での人脈しかなかった私、佐藤さんが紹介してくれる医療従事者たちとの出会いは面白かった。東北の医師は、なんとアフリカの難民キャンプで数年間働いていた若手の医師だった。「自分より年下でこんなことをしている人がいるのか」。「俺、アフリカ戻る時、ぜひ関野さん連れて行きたいです。難民キャンプこそチャプレンが必要ですよ!」と熱いオファーをくれる。雪をも溶かすような熱い魂に会えただけでも、東北に来た意味があった気がした。

するとその夜、先週Zoomで面談をした医師から連絡を受けた。在宅でガン治療中の患者さんが自殺未遂をしてしまったとのこと。「急ですが、その患者さんの家に明日行ってくださいませんか? 来週以降でもかまいません」と。予定ではあと1泊東北にいる予定だったし、この夜は大雪で電車の運休が相次いでいた。だが、大切な患者さんが自ら命を絶とうとしてしまった危機。本人の苦しみ、周りの動揺を想像すれば来週でいいはずがない。「明日行きます」とレスポンスをして、朝5時発で大雪の東北から関東の患者さんの家に向かう。(つづく)

*個人情報保護の為にエピソードは再構成されています。

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