アメリカ太り~無駄なものを削ぎ落とす2週間 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第4回

1年間のアメリカでのチャプレンの仕事を終えて帰国。日本行きの飛行機に乗るためには、PCR検査を受けることが絶対条件だった。出国2日前に空港に行き、特設会場で細長い試験管の中に「ペッ、ペッ」と唾を吐き、数時間後に陰性が証明される。晴れて飛行機に乗れるわけだが、ちっとも嬉しくはなかった。挫折感、名残惜しさを胸に十数時間のフライトを経て、懐かしの祖国に到着。

ここでも再び、PCR検査。またしても試験管の中に「ペッ、ペッ」と唾をため、2時間ほど待ち、日本入国が許された。だが、ここから2週間の隔離が義務づけられる。私はタクシーに乗り、エアービーで借りた都内のウィークリーアパートに向かった。車窓から見える都内の景色、狭い幅に商店がひしめき、皆が似たような服装に身を包み、同じペースで歩いている。その瞬間、なんとも言えない閉塞感を覚えてしまった。「私は再びここで生きていくのか……」。慣れ親しんだ祖国が、なぜこんなに窮屈に感じるのだろうか。

そして2Kのアパートにチェックイン。そこで、さらにショッキングな現実を突き付けられる。体重計に乗ると、なんと5キロも体重が増えていたのだ。週に5日はジムでトレーニングをし、出勤もすべて自転車移動だったはず。だが、数字は嘘をつかない。言いわけ無用。消費カロリーより摂取カロリーの方が多かっただけだ。きっと、いや間違いない、おやつで食べていた砂糖、クリーム、チョコチップたっぷりのドーナッツやパイのせいだ。

いずれにせよ2週間、私はこのアパートから一歩も出られない。もう未練たらしくアメリカのことを考えるのを止めて、思考を切り替えた。「この隔離期間を最大限、有意義に使おう。長い人生の中で2週間も閉じこもれることなんて滅多にない」。私は二つの目標を立てた。一つ、この2週間で体重を元に戻す。方法はローカーボダイエット。糖分と炭水化物を絶ち、脂質、タンパク質を多く取リ、毎日筋トレを絶対に欠かさない。二つ目の目標はこの2週間で締め切りが迫っていた、バジリコ出版から発売される予定の『きれい事じゃないんだ、聖書の言葉は』の原稿を完成させることだ。

一つ目の目標達成のために2週間分のたまご、納豆、こんにゃく、もやし、ナッツ、ささみ肉、そしてMCTオイルをイトーヨーカ堂の宅配サービスで購入。朝食はMCTオイル入りの紅茶とナッツ少量。昼は納豆と野菜。夜はスープとささみ肉といった具合に、徹底的に炭水化物、糖類摂取を控え、体内のケトン体をエネルギーに変えるよう体質シフトしていく。2日目くらいから体がふらついた。エネルギー、糖質不足によるケトフルーという症状だ。仕方がない、妥協するか、やり通すか二つに一つ。映画『ロッキー』のトレーニングシーンの動画を見ながら(古い!)、100回単位の腹筋、腕立て、スクワットを毎日日替わりで続けた。

そして朝2時間、午後2時間、夜2時間と原稿を書き続けた。キリスト教系出版社でない、一般の出版社から出す初めての本。内輪にしか伝わらない専門用語を一切使わないように筆を進めるが、これが本当に難しい。言葉選びだけの問題ではない。私の語ってきた言葉、書いてきた文章は、すべてキリスト教界の中を前提にしていたのだ。例えば「十字架に向かうイエスの愛」というワンフレーズ、十字架が何なのか? イエスとは誰のか? そしてなぜ、イエスが死刑にされるのが愛なのか? 当たり前に使っていたワンフレーズが世間の人々には伝わらない。

かといってそれは専門用語を使わず、分かりやすい表現をすればいいという小手先の問題ではなかった。自分のこれまでの当たり前を一度ゼロにして、もう一度、聖書が人間に伝えようとしていることを掘り下げていく。そして社会の人々の苦しみに思いを馳せ、もう一度聖書を読む。聖書に書かれている真の人間の姿、そして理不尽な世界は、どこか遠い神話の物語ではなく、今日を生きる私の我がこととして読み、それを自らの言葉で相手に体温のある言葉として書き記していく。そうすれば必然的に借り物の言葉、小難しい説明、きれい事は文章の中から削ぎ落とされていく。

2週間後、都内ウィークリーマンションでの隔離生活は終わった。一歩も外に出ず、徹底的に聖書と自身の心、自分の身体に向き合い続けた。無駄なものを徹底的に削ぎ落とし、体重は元に戻り、1冊の本が完成した。さあ、戻ってきた日本でこれから何が始まるのか。

*個人情報保護のため、所属病院のガイドラインに沿いエピソードは再構成されています。

再び「何者でもない」者として~アメリカ滞在最後の日々 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第3回

 






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