10月26日 エフェソの信徒への手紙2章14〜15節

実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。
エフェソの信徒への手紙2章14〜15節(参照箇所同書2:11〜22)

 

この社会では、互いに相容れない対立するものあれば、両者の利害関係を洗い出し、両者がどこまで譲歩できるかを話し合い、落とし所を探すことをもって和解と称しています。それでは譲った分だけ敵意は残り続けるのが、この世の習いです。

しかしキリストは両者の敵意を滅ぼし、平和をもたらされたとパウロは言います。キリストは平和をもたらすために十字架という手段を取られました。十字架は敵意を御自分が引受けられた出来事です。そして復活によって敵意を滅ぼされました。それがキリストの和解の手段でありました。パウロが、「御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し・・」と言うのは、そのことを意味しています。「こうしてキリストは双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現した」[15節]のです。

信仰者が対立を抱え込むとすれば、キリスト御自身が和解の鍵を握っていることを忘れるべきではありません。もし、わたしたちがこれを聞いて、「頭では分かりますが、とても実際には」と言うなら、わたしたちの中に働いておいでになるキリストを忘れています。

賀来 周一

賀来 周一

1931年、福岡県生まれ。鹿児島大学、立教大学大学院、日本ルーテル神学校、米国トリニティー・ルーテル神学校卒業。日本福音ルーテル教会牧師として、京都賀茂川、東京、札幌、武蔵野教会を牧会。その後、ルーテル学院大学教授を経て、現在、キリスト教カウンセリングセンター理事長。

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