休暇はまず偉い人が積極的に取得すべきです。【聖書からよもやま話154】

主の御名をあがめます。

皆様いかがお過ごしでしょうか。MAROです。
今日もクリプレにお越しいただきありがとうございます。

毎回、新旧約聖書全1189章からランダムに選ばれた章を読んで、僕の心に浮かんだ事柄を、ざっくばらんに話してみようという【聖書からよもやま話】、今日は 旧訳聖書、  出エジプト記の23章です。それではよろしくどうぞ。

◆出エジプト記 23章12節

六日間は自分の仕事をし、七日目には、それをやめなければならない。あなたの牛やろばが休み、あなたの女奴隷の子や寄留者が息をつくためである。
(『聖書 新改訳2017』新日本聖書刊行会)

「キリスト教では七日に一日、休むように定められている」ということを知っている方は、クリスチャンでなくても多いかと思います。それは「休んでもいいよ」ではなく、「休まなければならない」と、かなり強い命令形で定められています。有名な「モーセの十戒」では、その理由までは記されていないのですが、今日引用したこの箇所ではその理由まで記されています。それは「牛やろば、女奴隷や寄留者が息をつくため」です。つまり、「君が休まないと他のみんなが休めないでしょ!」ということです。現代風に言えば「リーダーが休まないと部下も休めないから、リーダーこそちゃんと休みをとりなさい」ということです。

行政書士の仕事をしておりますと、中小企業の経営者さんや個人事業主さんとお会いする機会が多いのですが、そういった方には「自分がバリバリ働かないと部下もついてきませんから休んでいる暇なんてありません!」とか、「仕事が楽しくて仕方ないから休みたいなんて思いません!」なんて方も少なくないのですが、聖書に言わせればそれは良いことではないということです。

日本の法律では労働者の権利として有給休暇が定められていますし、雇用側は労働者にそれを与える義務があります。つまり日本の法律も「休んでいいよ」ではなく「休まなければならない」と言っているんです。しかし現状、日本の有休消化率は決して他国と比べて良くありません。それはたぶん、リーダーが休まないからだと思います。偉くなればなるほど、意識して休むようにしなければ部下は休みにくいんです。

聖書によれば、休暇は権利ではなく義務なんです。義務はリーダーがまず積極的に果たすべきです。だから神様は天地創造の時からまず自分が七日目に休んで、模範を示したんだと思います。

というわけでこの連載も土日祝日はお休みです。
また来週。
主にありて。
MAROでした。

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横坂剛比古(MARO)

横坂剛比古(MARO)

MARO  1979年東京生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学CWP卒。 キリスト教会をはじめ、お寺や神社のサポートも行う宗教法人専門の行政書士。2020年7月よりクリスチャンプレスのディレクターに。  10万人以上のフォロワーがいるツイッターアカウント「上馬キリスト教会(@kamiumach)」の運営を行う「まじめ担当」。 著書に『聖書を読んだら哲学がわかった 〜キリスト教で解きあかす西洋哲学超入門〜』(日本実業出版)、『人生に悩んだから聖書に相談してみた』(KADOKAWA)、『キリスト教って、何なんだ?』(ダイヤモンド社)、『世界一ゆるい聖書入門』、『世界一ゆるい聖書教室』(「ふざけ担当」LEONとの共著、講談社)などがある。新著<a href="https://amzn.to/376F9aC">『ふっと心がラクになる 眠れぬ夜の聖書のことば』(大和書房)</a>2022年3月15日発売。

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