細川ガラシャ(芦田愛菜)に洗礼を授けた清原マリアがまず登場するのは、夫の忠興が「九州攻め」で出陣して留守の間にガラシャが大坂教会を訪ねた直後だ。
(ガラシャが教会に行った)翌日、彼女(ガラシャ)はその邸(やしき)の重立った婦人の一人を通して教会に伝えるところがあった。その婦人は(細川)家の(家事)いっさいを司っており、(奥方)の親戚にあたり、かつて大和の国において、もう一人の貴人結城山城殿とともにキリシタンになった(清原)外記殿(ゲキドノ)という内裏(ダイリ)の師傅(しふ)を務めた一公家(クゲ)の娘であった。(奥方)の師であり、(細川)家の侍女頭(レジエドーラ)でもあるこの婦人は、知識においても(奥方)にほとんど劣りはしなかった。(同、226ページ)
マリアは公家・清原枝賢(しげかた)の娘で、また細川家とは「親戚」だった。枝賢の父親の妹、つまり叔母が細川忠興の祖母なのだ。ガラシャが細川家に輿(こし)入れして以来、側近く仕えており、ガラシャにとっていちばん信頼している相談役でもあった。
ところで、「外記」というのは、平安京(京都御所)の建春門のすぐ外にある外記庁で、天皇に上げる奏文を作成したり、儀式の執行などを司ったりした役職のこと。「内裏の師傅」とは、天皇の教育係。そんな父親のもとで育ち、正親町(おおぎまち)天皇(坂東玉三郎)の後宮で仕えていたこともあるマリアも当然、高い教養を備えていたと考えられる。
ここに、「かつて大和(やまと)の国において、もう一人の貴人結城山城殿とともにキリシタンになった(清原)外記殿」とあるが、これにも大きな意味がある。宣教師にとってはいちばん頼りにしていたキリシタン大名・高山右近の父親(友照)と一緒に洗礼を受けたのが、その友人の清原枝賢と結城忠正(ゆうき・ただまさ)だったのだ。
宣教師が日本で重点的に宣教活動をしていたのは、貿易の窓口である九州と、天皇のいる京を中心とした関西だった。そして、大和国(奈良県)の沢城主だった高山友照(ともてる)、山城(やましろ)国(京都府南部)の結城忠正、そして公家の清原枝賢の3人が、巷で話題になっているキリスト教について論駁(ろんばく)しようとしたのだが、かえって宣教師らの語る深い教えに心打たれて回心し、洗礼を受けたのが1563年。これが関西で最も早いキリシタン武将の誕生となった。
結城殿と(清原)外記殿は、もう一度特に説教を聞き、聴聞した最高至上の教えにまったく満足し、両人は聖なる洗礼を受けるに至った。……結城進斎と(清原)外記殿はキリシタンであり、キリシタンの保護者になったという報(しら)せが市中に弘まると、彼らの驚きは非常なもので、人々が言うとおりだとは、納得できなかった。しかしその報せが真実であることは数日にして確認された。……これら二人の大身をキリシタンに導き給うたデウスの御摂理は偉大であった。すなわち、それは都において、聖なる福音について(従来とは)異なった見解を生ぜしめるのに大いに寄与したのみならず、彼らの模範に倣(なら)う者が現われ、身分の高い武士や、高位、高官の人たちがキリシタンになり始めた。(3巻、170、174~175ページ)
フロイスによると、マリアはガラシャ受洗の直前に洗礼を受けているのだが、父親がすでに大きな影響力を持つキリシタンだったので、マリアも子どもの頃からキリスト教に親しんでいただろう。だから、ガラシャは突然、キリスト教に関心を持ったというよりも、それ以前からマリアを通してキリスト教を受け入れる素地が整えられていたというのが正確ではなかろうか。つまり、ガラシャにとってマリアは、イエスが公生涯に入る前に道備えをしてイエスに洗礼を授けた洗礼者ヨハネのような存在だったのだ。(14に続く)
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