2020年11月、東京都渋谷区のバス停で60代のホームレス女性が男性に殺害されるという事件が起こりました。それから1年。困窮し、炊き出しの列に並ぶ女性の数は増えてきています。これは2008年のリーマンショック後の不況時には見られない現象でした。コロナ禍で女性たちに何が起こっているのか? とりわけ可視化されづらい女性の貧困について考えてみたいと思います。
シャドウパンデミックと深まる女性不況
コロナ禍の影響は男性より女性に色濃く現れているということが、次第に明らかになっています。
ステイホームが長引くことにより、家庭内暴力(DV)や虐待が増加。国連のグテーレス事務総長はこれを早い段階で「シャドウパンデミック」と呼び、各国政府に女性と女児をコロナ対策の中心に据えるよう求めました。日本政府もSNSやメールによるDV相談窓口を増やすなどの対応にあたり、通常時の1.5倍ほどのDV相談が寄せられています。
私が取材を通して出会った女性の中にも、夫の在宅勤務が決まった日に子どもを連れて家を出たという人がいます。数年前からDV被害にあいながら逃げる決断ができずにいたのですが、「夫と毎日顔を突き合わせるようになったら殺されてしまうのではないかという思いが頭をよぎった」と言います。しかし彼女のように支援にたどりつける人はごく一部であり、この数字は氷山の一角であると言うことができるでしょう。
さらにコロナ禍による失業や雇い止めは、非正規雇用の女性に集中していることも分かってきました。この状況を、経済不況を指すリセッション(recession)になぞらえて「女性不況(she-cession)」と呼ぶ経済学者もいます。2020年、非正規女性は前年度比65万人減と非正規男性32万人減と比べても大幅に雇用を減らしています。これは感染拡大を防ぐため休業を余儀なくされた飲食や宿泊、対人サービス業などで働く非正規女性の割合が高いことと関連しています。
コロナ禍の影響で休業に追い込まれた場合、休業手当が受けられるのですが、雇い止めやシフト減を経験した非正規女性のうち、これを受けた人は2割にとどまっています。休業手当は正規・非正規に関係なく受給できるものです。しかし雇い主そして本人もその事実を知らない、または「家計補助的に働く女性非正規だから」と軽く扱われている場合もあるかもしれません。しかし非正規で働く人の中にはシングル女性や主たる生計者として家族を支えている人もいます。こうした状況が、コロナ禍以前からあった女性の貧困に拍車をかけているということができるでしょう。
また、コロナ禍による一斉休校やステイホームの影響で、女性の家事労働やケア負担が増しています。エッセンシャルワーカーと呼ばれる存在にもにわかに注目が集まりました。看護・介護・保育士、スーパーの店員などのエッセンシャルワーカーにおける女性比率は高いのですが、非正規で低賃金である場合が少なくありません。緊急事態宣言下でも社会を支えるため、働き続ける女性たちの姿がありました。しかし「感謝」はリップサービスにとどまり、待遇引き上げなどには結びつきませんでした。
シングルマザーを追い込む休業、退職、収入減の現実
コロナ禍で多大なダメージを受けた女性の中にシングルマザーがいます。シングルマザーの多くは働いているにもかかわらず、コロナ禍以前から貧困率が高い状態が続いていました。仕事とワンオペ育児に追われるシングルマザーにとって一斉休校によるダメージは大きく、NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむによるアンケートでは、約7割のシングルマザーが雇用と収入に影響が及んだと回答しています。また3割が一斉休校の影響により、休業や退職に追い込まれていたことも分かりました。
私が取材した女性も、感染への恐怖から介護士の仕事を辞めてしまった一人です。DV夫から逃れるため、知り合いのいない土地でひとりで子どもを育ててきた彼女は「自分がコロナに感染したら子どもはどうなってしまうのか?」という不安に苛まれたと言います。現在はNPOとつながり、食糧支援を受けていますが、物質的な側面のみならず、精神面でのサポートもあるといいと感じます。
困難な状況が続く中、シングルマザーの当事者団体などが声を上げたことにより、政府による追加給付が行われるなど、十分とは言えないまでも、ひとり親世帯の貧困は可視化され、政策課題の一つになってきています。
また昨年には「生理の貧困」という言葉が拡散することによって、生理用ナプキンを購入することができない大学生など、若年女性の存在がクローズアップされました。その後、地方自治体で生理用ナプキンが無償配布されるなどの動きが広がっています。
この動き自体を否定するつもりはありません。しかし生理用品を購入することができない女性は多くの場合、他の生活必需品も購入できない貧困状態にあるはずです。「生理の貧困」のみが単独で存在するのではなく、その背景には当然のことながら、「女性の貧困」があるのですが、女性が貧困に陥りやすい社会構造に踏み込み、根本的な解決策を目指す方向には進みませんでした。ナプキン配布をきっかけに女性たちの生活状況を聞き取り、必要な場合は生活保護申請につなぐといった一歩踏み込んだ対応をしてほしかったです。
とはいえ、ほとんど取り上げられることがなかった生理の問題や若年女性の貧困の実態が知られるきっかけになったという点では、意味があったと言うことができるでしょう。
飯島裕子
いいじま・ゆうこ 東京都生まれ。東京女子大学、一橋大学大学院修士課程修了。専門紙記者、雑誌編集を経てフリーランスに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に『ビッグイシュー日本版』などで取材、執筆を行うほか、大学講師を務める。著書に『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ 若者ホームレス』(ちくま新書)など。「Yahoo! ニュース個人」ほかビジネス誌やニュース誌のオンライン版などに多数寄稿。カトリック清瀬教会所属、カリタスジャパン啓発委員、横浜YWCA評議員。
イラスト/大島史子
【日本YWCA】 コロナ禍で置き去りにされる女性たち あぶり出される孤立と貧困(後編) 飯島裕子(ノンフィクションライター)
出典:公益財団法人日本YWCA機関紙『YWCA』2月号より転載
YWCAは、キリスト教を基盤に、世界中の女性が言語や文化の壁を越えて力を合わせ、女性の社会参画を進め、人権や健康や環境が守られる平和な世界を実現する国際NGOです。