細川ガラシャ(芦田愛菜)の侍女だった清原マリアがガラシャの回心に大きな影響を与えたのは、高山右近の父親と一緒に関西で初めて洗礼を受けた清原枝賢(きよはら・しげかた)の娘だったからだ。
ガラシャが洗礼を受けるのは1587年、24歳の時だが、その5年前に父親の明智光秀(長谷川博己)が「本能寺の変」を起こしたため、ガラシャも細川家から離縁されて、人里離れた味土野に幽閉された。この時にもマリアはガラシャに付き従っている。そして、その2年間、マリアはガラシャの話し相手となって大きな影響を与えていたのだろう。
まだ20歳前のガラシャは、「謀反人の父親」を持ったわが身を呪い、妻や母親として忙しく立ち働いていたところから切り離されて、自分自身の存在意義を根本から問い直さざるを得ない境遇に置かれた。そして、変転極まりない乱世の渦中から隔絶されて、永遠に変わらないものへの憧れと真実な魂のやすらぎを心底求めるようになったのではないだろうか。それがやがて3年後、教会訪問と受洗へと導かれるのは自然の成り行きだった。
ガラシャが大坂教会を訪ねた翌日のことをフロイスはつづっているが、そのときマリアは、これ以上外出できないガラシャと宣教師をつなぐ大切な役割を果たすようになる。
(奥方〔ガラシャ〕)は(この婦人〔マリア〕を通じて)教会で受けたもてなしに対して礼を述べ、前日の説教に関して生じた幾つかの疑問を書きしたためてこの婦人に携えさせ、(彼女に)それらについての返答を(教会から)持ち帰るように命じた。さらにこの同じ婦人に、彼女が(教会で)特別にカトリックの教理の説教を聞き、帰宅後に、自分にそれらを伝える役目を続けるようにと命じた。こうすることによって、(奥方)の胸中には、デウスの教えに対する嗜好と、己が教霊への異常な(ばかりの)情熱や熱意が高まって行き、(奥方は)自分に仕える人たちといっしょにいる時には、昼夜を問わず、デウスの教えとか、教会や伴天連たちのこと、(それに)キリシタンになりたいとの燃えるような希望以外のことは決して話さなく(なった)。(フロイス『日本史』5巻、226~227ページ)
そして、ガラシャより先にマリアが宣教師から洗礼を受ける。
ついにこの侍女頭は、すべての説教を聞き終えると、聖なる洗礼を受けた。そして洗礼とともに多くの(主デウスの)恩寵を受け、(その結果)、かの奥方の(洗礼への)望みもますます強められた。(同、227ページ)
ガラシャは、自分が洗礼を受けられない代わりに他の侍女たちをキリシタンにしようと、さまざまな理由をつけて教会に行かせたのだが、そうすると彼女たちもキリスト教を理解した上で少しずつ洗礼を受けていき、最終的にその人数は16人にもなったという。
善事は元来、人々に伝わって行く性質のものであって、彼女はこれほどまでに望んでも洗礼を受けるため(教会に)行くことができないことが判ると、自分に奉仕しているかの貴婦人たちを教会に遣わしてキリシタンにさせようと、あらゆる方法を求め工夫をこらした。そのために、ある者は親族の病人を訪ねるのだと言って(外出の)許可を求め、別の者は約束した願い事を果すためだ(と言って)許しを求めた。(奥方)もまた彼女らに伝言を託して送り出すように装った。このようにしてある時には数名が、また別の折には幾人かが(というように)説教を聞き、十分理解した上で少しずつ洗礼を受けていき、その数は16名に達した。(同)
侍女たちが教会で見聞きした報告を聞くたびに、ガラシャの洗礼を受けたいという思いはますます強まっていく。
それは(奥方)の夫が大坂にいたならばとうていあり得ぬことであった。(侍女の貴婦人)たちは邸に帰って来るたびに、説教(の内容)や、教会での動作、ミサ聖祭、キリシタンの出入り、頻繁に告白に来る人たち、(説教を)聴聞に来る人たち(など)について(奥方)に報告した。ことに、彼女たちはすでに聖なる洗礼によって(信仰の徳に)飾られていたから、(奥方)が彼女たちに対して抱いている聖なる羨望の念は異常なほどで、(奥方は)、彼女らは仕合わせ者だが(それに引きかえ)自分は不仕合わせだと言い、その思いを胸中に留めおくことができなくてしばしば大いに涙した。(同)
フロイスは、教会に行きたくても行けないガラシャの葛藤とさまざまな工夫を詳細に述べていく。それについては本記事では省略するが、やがて「九州攻め」をして植民地主義的な当地の宣教師のやり方に危機感を抱いた豊臣秀吉が「バテレン追放令」を出したことで、関西にいた宣教師も九州に移ることになると知り、ガラシャは「その前に自分に洗礼を授けてほしい」と嘆願して、先に述べたように清原マリアから洗礼を授けられることになったのだ。(この連載は続きますが、次回は来年1月下旬掲載予定です)
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