政治的圧力とコロナ禍に翻弄される中国教会 ヴィクター・リー 【東アジアのリアル】

中国・武漢で2019年末に発生した新型コロナウイルス流行は未だ収束を見ず、すでに社会全体にさまざまな影響を及ぼしている。ここでは、コロナ禍での中国教会の歩みを振り返ってみたい。

2019年12月、武漢で新型ウイルスによる肺炎の症例が相次いで発生したが、政府は「予防と制御が可能」「人から人への感染はない」と強調したため、当初は世間の注目はあまり集まらなかった。しかし感染が急拡大し、武漢は2020年1月23日にはロックダウンに至った。同年2月1日、キリスト者の張湛という人物は、危険を顧みず上海から武漢に赴き、一市民として現地で見聞きしたことをネット上に公開した。すると同年5月、張氏は逮捕され、同年12月に上海の裁判所から「騒動挑発罪」で禁固4年の判決を受ける結果となった。とはいえ、張氏のように勇敢に真相を追求するキリスト者は、極少数である。

厳しい規制のため、教会堂の礼拝は中止を余儀なくされたが、「海外で流行が急拡大している中、中国政府は防疫に成功した」と評して、キリスト者であるなしにかかわらず皆、中国政府の政策を支持していた。筆者の住む地域でも、コロナ禍初期には、いくつかの非公認教会(家庭教会)が共同して、防護服やその他の防疫資材を地元政府に寄贈していたほどだ。また中国産ワクチンが導入されると、各地方政府はワクチン接種率の向上を強く推し進め、「信者にもワクチン接種を呼びかけるように」と、教会に要求してきた。

こうした厳重な管理にもかかわらず、感染は各地で繰り返し発生した。感染が確認されると、宗教の集会所は真っ先に運営が停止され、再開されるのはいつも最後だった。再開できたとしても、入場者数は通常の3分の1以下に制限され、しかも入場の際には健康アプリでのチェックが義務付けられるようになった。北京や上海の一部の教会では、実名での礼拝出席予約という方法を実施しているところもある。

筆者の教会を例に挙げると、教会堂を開けることができた日曜日は、2020年は20回、2021年は30回のみであり、2年続けて年間平均の半分ほどでしかなかった。今年は現在まで4回しか教会堂を開けることができておらず、感染力が強いオミクロン株の影響で、再開のめどが立っていないのが現状だ。

礼拝堂内を消毒する武漢の某教会(2020年3月ごろ)

このように、教会堂は閉鎖されはしたが、多くの場合、教会はその働きを維持するためにインターネットを活用するようになった。例えば、日曜礼拝をオンラインでライブ配信したり、小グループの集会はZoomのようなウェブ会議ソフトを使ったりした。また、信徒たちが家でも礼拝を守れるように、説教や賛美歌の動画を礼拝プログラムと一緒に公開するようになった。

さらには、聖餐キットをあらかじめ信徒の家に送り届け、ライブ配信や録画配信によって聖餐式に参与するということも実施しているケースも見られた。確かにこうしたオンライン聖餐に関しては、従来の神学や伝統の再解釈が必要ではあるが、各教会には議論する余裕などはなかった。また献金に関しては、中国で一般に普及しているオンライン決済で行われるようになった。

ところが、今年3月に「インターネット宗教情報サービス管理法」が施行され、これまで教会で行われていた礼拝ライブ配信やオンライン献金などが直接影響を受けるようになった。教会堂を開放できず対面での集会が不可能となり、さらにオンライン配信が新しい政策による管理・統制を受けるようになり、特に教会員数が100人以上の中規模教会は大きな制約を受けることになった。

こうした政治的圧力とコロナ禍という二重の影響により、規制を避けるために数十人規模の小さな集会に分散する傾向が強くなってきている。筆者の教会や近隣の多くの非公認教会でも、分散戦略を採っている。

4月に上海がロックダウンされて以降、ゼロコロナを目的として繰り返されるさまざまな規制に対して、人々の我慢は限界に達している。ウイルスと共存するだけでなく、政府の管理・統制とも共存しなければならないというのは、現在の中国教会にとって実に困難な課題となっている。(翻訳=松谷曄介)

 

ヴィクター・リー 1980年代生まれ。中国内陸の農村のキリスト教の家庭に生まれ、少年時代に農村家庭教会のリバイバルを見て育つ。中学卒業後、南方の都市部で職に就き、独学で大卒資格を得た後、神学校で学び神学学士を取得。現在、浙江省温州市の家庭教会伝道師。家族は妻と二子。

関連記事

 

オンライン献金.com