静岡英和学院、中井弘和氏が院長、大橋邦一氏が中・高校長に就任

 

静岡英和学院(静岡市)では1日、中井弘和(なかい・ひろかず)氏(79)が院長に就任した。任期は2022年までの3年。静岡英和女学院中・高の新校長は大橋邦一(おおはし・くにかず)氏(61)が務める。

中井弘和院長(写真:静岡英和学院提供)

中井氏は1939年、福井県生まれ。65年、東京農工大学農学部を卒業後、京都大学大学院農学研究科修士課程に進学し、67年、同博士課程を中途退学。同年、京都大学助手として農学部付属農場に勤務したが、69年から静岡大学農学部に移り、助手、助教授を経て、89年から教授。95~99年に農学部長、2000~04年に副学長。2005年に定年退職し、同大学名誉教授に。農学博士。静岡いのちの電話理事長。共著に『生命のかがやき──農学者と4人の対話』(野草社)などがある。

日本福音ルーテル小鹿教会(静岡市)会員。80年代、ウィーンにある国際原子力機関(IAEA)の派遣専門家としての勤務を終えて帰国後、洗礼を受ける。

「イースターが当地(ウィーン)ではクリスマス以上に熱狂的に祝福されていることに驚かされました。日本にいては、まして洗礼を受ける前の私には想像できないことでした。……当時すでに聖書を紐解(ひもと)きながら、私は、圧倒的な力を持って迫ってくるこの奇跡の物語には戸惑うばかりでした。

私が洗礼を受けたのは、ウィーンから帰国後しばらくしてのことです。『復活』、すなわち永遠のいのちを信じる道を歩む選択をしたことになります。人の心に絶えず空洞が巣食うとしたら、……そんな空洞を満たしたい。私の選択の背景にはそのような希求があったのかもしれません」(日本福音ルーテル教会の機関誌「るうてる福音版」2011年4月号)

大橋邦一中・高校長(写真:静岡英和学院提供)

大橋氏は1957年、東京生まれ。81年、同志社大学神学部(組合派)、84年、ウイリアムス神学館(聖公会)を卒業し、86年、同志社大学大学院神学研究科博士課程前期課程を修了、88年、米国の太平洋教会神学院(The Church Divinity School of the Pacific、聖公会)修了。86年、日本聖公会司祭按手後、諸教会で牧師として働く。96年、立教新座中高チャプレン、2008年、日本聖公会・川越基督教会牧師。2013年~19年まで東北学院中・高校長、同学院常務理事を務めた。

校長就任の挨拶(あいさつ)でこのように語る。

「初めての英和生との出会いは、中学校卒業礼拝と終業礼拝でした。厳(おごそ)かなパイプ・オルガンの音色が流れる中、薄暗い礼拝堂に入堂してくる英和生の白く大きなカラーがまばゆく映(は)えていました。離任式で挨拶される先生の言葉と仕草に、英和生が涙を流し、抑えるように笑いあう声が響いた時、私は素直に英和生の優しさと明るさを感じました。

……建学の精神である聖書の教えの下(もと)、『愛と奉仕』の世界を祈り求めてきました。これからもひとりひとりに尊い命が与えられ、神様に愛されていることを信じ、ひとりひとりを大切にする教育、丁寧な教育を続けて参(まい)りたいと願っております」

静岡英和学院は2017年に創立130周年を迎えたメソジスト系のキリスト教学校。学院聖句は「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。また、隣人を自分のように愛しなさい」(ルカ10:27)。

1887年、東洋英和女学校の創設(84年)に関わった静岡メソジスト教会の平岩愃保(ひらいわ・よしやす)牧師が提唱し、カナダ・メソジスト教会婦人伝道会社により、静岡初の女学校「静岡女学校」が開校した。1903年に附属幼稚園が開園。09年に附属小学校が開校したが、25年に閉校。47年に中学校、48年に高校が発足し、66年、静岡英和女学院短期大学が開学した。2002年、男女共学で4年制の静岡英和学院大学が開学。それとともに短期大学は大学の短期大学部(女子)に改組し、11年、男子学生の受け入れを開始した。東洋英和女学院、山梨英和学院(89年設立)は姉妹校(三英和)。

1926年に建てられたヴォーリズ建築の「昭和元年校舎」は、45年の静岡大空襲により焼失。50年に建てられた同じくヴォーリス建築の「宣教師館」(国登録有形文化財)は現在、1日1組貸し切りの完全予約制フランス料理レストランとして使われている。

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