12月10日「永遠の命とは、イエス・キリストを知ることです」

永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。(ヨハネによる福音書17章3節)

今日の聖句の「知る」とは、知識的な「知」ではない。神を「あなた」と呼び、神に「私は」と答える人格的な関係のことである。ちょうど、私がある人と出会い、その人を信じるようになって、いつも言葉を交わし、一緒にいることを喜ぶ関係である。神を知り、イエス・キリストを知るとは、私が主イエスによって神の愛と真実を知り、神を信じて生きることを決心し、その時からいつも神の言葉を聞き、神に向かって語りかけることを喜ぶ、そういう人格的な交わりによって、神が私にとってかけがえのない方となることである。そして、神に愛されていることを心強く思い、私も神に喜ばれる者として生きようと願う人間に変えられてゆく、そのような神との交わりが「永遠の命」である。

永遠の命とは、今すでに神との交わりによって、「死から命へと移っている」(5・24)ことである。しかし、万物が更新され、神の国が成就するのは終わりの日である。終わりの日が到来して、神を知っている者たちが「裁かれることなく、死から命へと」移される時、永遠の命は成就する。

神を信じるとは、神と交わりを持つことである。思索することではなく、祈ることである。日々、「主よ、お話しください。僕(しもべ)は聞いております」(サムエル上3・9)と祈って、聖書から語りかける神の言葉を聞き、神の霊によって導かれて生きることである。「祈りは聖なる労働である」(フォーサイス)。労働はそれなりの決意と実行力が必要である。私たちが決意して「神さま」と呼びかける言葉を、神は聞いておられ、必ず答えてくださる。

内藤淳一郎

内藤淳一郎

西南学院大学神学部卒業後、日本バプテスト連盟の教会で牧会、鹿児島大学哲学科のカトリックの神学の学びから、鹿児島ラ・サール高校でも教える。日本バプテスト連盟宣教室主事、日本バプテスト連盟常務理事を8年間務める。

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