勲章なんかいらない? 【発達障害クリスチャンのつぶやき】

 文化の日、父から「勲章を受けた」というメールが来ました。「汗は男の勲章」とか言いますが、父のは本物の勲章です。父は大学名誉教授です。長年の研究と教育が認められて勲章を受章したのです。父方の祖父も大学名誉教授で、ちょうど私がいまの息子くらいの年齢のころ、やはり勲章を受章しました。そのころ私は祖父と同居していたので、その勲章を見ました。大きな箱に入って菊の形をしており、キラキラしてたいへんなものでした。よく覚えています。父とは同居していないので、私も私の家族も見られませんが、おそらく菊の形をした大きくキラキラしたものなのでしょう。

 よく昆虫に詳しい子どもを「昆虫博士」とか言ったりしますが、彼は本物の博士で、また坂本龍一を「教授」と言いますが、彼も本物の教授でした。そして、私も発達障害の二次障害たる精神障害で、25歳のときに数学者の道を断たれていなければ、いまごろ博士で、教授だったでしょう。そして、いまの私が将来的に勲章を受ける可能性はあり得ないと言ってよいですが(46歳、キャリアなし、無職、障害者)、もし数学者になって研究を続けていたら、祖父、父と続いて、勲章を受けていた可能性は高いかもしれません。世のクリスチャンは「世の誉れ」と言って一蹴する人も多い気がしますが、ちょっと待ってください。人間には「悔しさ」という感情があるのですよ! しかも私の二次障害の原因は、幼少時におけるその両親の叱責だし!

 聖書には、バルティマイという、イエスに癒やされた目の見えない物乞いが出てくるのですが、およそ彼も勲章などはもらえない人間です。しかし、バルティマイは聖書に名前が載った! 「勲章をもらう」のと「聖書に名前が載る」のは、どちらがすごいのか!?

 父にはよく「学歴を振りかざすな! 自分を安売りするな!」と戒められます。しかし、父以外の私の親しい友人は、ことごとく私に学歴を振りかざすように勧めてきます。私の最大の売りが学歴ですって。私も学生時代は学歴を振りかざす人間ではなかったので、ずいぶん落ちぶれたものだと思いますが、いまは自分を「安売り」してまでどうにかして食っていかねばならないのです。父は「尊敬されすぎて困る」経験ばかりしてきているので、私のような「屈辱人生」は想像がつかないのでしょう。

 もう一度書きますが、私は今後の人生において、決して勲章をもらえることはあり得ないのです! せめてこの「悔しさの記事」を1本書かせて!

腹ぺこ 発達障害の当事者。偶然に偶然が重なってプロテスタント教会で洗礼を受ける。東京大学大学院博士課程単位取得退学。クラシック音楽オタク。好きな言葉は「見ないで信じる者は幸いである」。

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