「もう何もしたくない、帰る!」 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第29回

私は「休むこと」ができない人間だった。いや、正確に言えば「休んではいけない」と思い込んでいた。日本で牧師として働いていたころ、キリスト教界には明文化こそされていないが、確かに存在する空気があった。「牧師は休むべからず」。

休みを取る時は「申し訳ありません」と頭を下げ、休暇先でも電話は鳴り続ける。そして旅先でお土産として個包装のお菓子を選び、休み明けには「ありがとうございました」と礼を言う。それは果たして「休み」なのだろうか。私はそれを疑うことすらしていなかった。

しかし、チャプレンとしてアメリカの医療現場に入ったとき、この前提は完全に壊された。他者をケアするためには、必ず休まなければならない。セルフケアは他者のケアをする為の責任なのだ。それは理念ではなく、揺るぎない現場の現実だった。

ある日、家族6人が巻き込まれた交通事故のケースを担当した。その中で、小さな女の子が亡くなった。突然すべてを奪われた両親の悲しみ、怒り、絶望。その傍らに半日、ただただ立ち続けた。

対応を終え、オフィスに戻った私はソファに倒れ込み、ただ大きく息を吐いた。その瞬間、上司が言った。「カズ、明日は休みなさい」

私は一瞬、意味が分からなかった。休む? 申請もしていないのに? 同僚に迷惑がかかるのではないか? こんな事でへばっている自分が憐れまれているのか?

すると上司は続けた。「あなたには休む権利がある。コンプタイム(compensatory time)を使いなさい」。コンプタイムは日本で言う代休に近いが、決定的に違う点がある。それは「補償」ではなく、自分を守るための大切な制度なのだ。悲惨なケースに関わった後、感情の枯渇、二次的トラウマ、バーンアウトを防ぐために、意図的に休む。休むことは甘えではない。プロフェッショナルとしての責任だった。
しかし、その日与えられたものは「休暇」だけではなかった。上司は私の隣に座り、静かに言った。「今の気持ちを教えてくれ」

私は語った。「家族全員が重傷で、その中で娘さんが亡くなって、動けない両親がそれを知らされて、さらにその事実を兄弟に伝えなければならなかった。私はただ横にいて肩を支えることしかできなかった。絶望、絶望しかありませんでした。ただただ悲しくて、ただただ無力でした」

上司は私を抱きしめ、声を上げて泣いた。「辛かったな……本当に辛かったな……」。20年の経験を持つチャプレンが、指導でも助言でもなく、ただ一緒に泣いてくれた。それで十分だった。

その後、「今日の午後のスタッフ会議は出られるか?」と気を遣い聞いてくれた上司に私は即答した。「今日は疲れ果てました。もう何もしたくありません。帰ります」。その言葉を、私は初めて安心して口にした。「疲れた」 「何もしたくない」「帰りたい」――これまで職業人として言ってはいけないと思っていた言葉を、ようやく自分に許すことができた。

上司は言った。「OK。今すぐ帰りなさい。その代わり、その重荷はここに置いていけ。あとはチームに任せろ」

私は背中を押されるように帰宅し、泥のように眠った。そして初めて理解した。休むことは権利ではない。休むことは、他者をケアする者にとって一番大切な仕事なのだと。

*個人情報保護のため病院の規則に従いエピソードはすべて再構成されています。

ACPE認定チャプレントレーニング、26年9月より、日本に向けて開講。
https://christianpress.jp/acpe0307/

自分を無視する対人援助者たち(後編) 【関野和寛のチャプレン奮闘記】第28回

この記事もおすすめ