シンポジウム「宗教はジェンダーバイアス克服になにができるか」開催 信仰に忠実でありつつも、正義の応答を 

第42回庭野平和賞(庭野浩士理事長、東京都新宿区)を受賞した国際NGO「ムサーワー」の共同創設者であり理事長のザイナ・アンワール氏、同じく共同創設者および理事のジーバ・ミル=ホセイニ氏を迎え、「宗教はジェンダーバイアス克服になにができるか――内発的変革の可能性」と題した公開シンポジウム(庭野平和財団主催)を5月17日、セレニティホール(東京都杉並区)において開催した。異なる信仰および専門を持つパネリストが登壇し、会場に集まった70人を前に、内発的変革という視点から社会の平等・正義の実現に向けた活動について意見を交わした。

シンポジウムは2部構成で行われ、第1部ではジーバ・ミル=ホセイニ氏による基調講演が行われた。理事長のザイナ・アンワール氏が国際的な場でさまざまな発言をしながらムサーワーの活動を広め、支持者を募っていく一方で、学者でもあるミル=ホセイニ氏は当事者らにリサーチを行い、そこから見えてくる問題について変革の可能性を探っている。

ミル=ホセイニ氏は、多くのムスリム女性が、イスラームの価値観と法律の間にギャップを感じていることをリサーチによって明らかにしたうえで、「ムスリム家庭法における平等と正義」に重点を置き、伝統的なイスラームの内部から女性たちが感じているギャップを埋めようとしている。講演では、イスラームが守るべき「シャリーア」と人間によって歴史的に形成された法規定「フィクフ」の区別を明確にし、「フィクフ」にはジェンダー平等の視点が含まれていないことを指摘した。

ジーバ・ミル=ホセイニ氏=5月17日、セレニティホール(東京都杉並区)で。

イスラームの世界で女性差別を引き起こしているは、伝統的なイスラーム教の教えではなく、社会的慣習。「フィクフ」の枠組に基づく「家庭法」が原因となって、イスラームが女性蔑視の宗教と捉えられていると話す。ムサーワーでは、もう一度イスラーム教の教え――正義・慈悲など――を再解釈し、「正義」がイスラームの中心的価値であることを女性たちに伝え、自分たちの平等を阻むのは伝統的なイスラームではないことを訴えている。

ムサーワーの活動を西洋化したエリート、反イスラーム、反シャリーアなどと非難する人達も少なくないという。それでも、自分たちの宗教が、法律や慣習の悪い基盤となり、社会全体に悪影響を及ぼしているならば、声をあげていかなければならないとミル=ホセイニ氏は力を込める。また、世界各国のイスラームで変化がすでに始まっていることを伝え、こう締めくくった。

「宗教におけるジェンダーバイアスの解決に求められるのは、勇気、耳を傾ける姿勢、そして倫理的変革です。そのうえで、信仰に忠実でありつつも、正義の応答をすることは可能なことなのです」

第2部は、アンワール氏、ミル=ホセイニ氏、そしてWCRP日本委員会理事長で浄土宗心光院住職の戸松義晴氏、同会女性部会副会長の河田尚子氏、アジア学院理事長で日本YMCA同盟会長の山本俊正氏ら3人がパネラーとして登壇し、パネルディスカッションが行われた。同女性部会長の松井ケティ氏がファシリティーターを務めた。

その中で戸松氏は、ムサーワーの活動について宗教をはじめ他分野の専門家と共同して行っていることに大きな可能性を感じていると話した。河田氏は、ムスリムの女性たちが苦しんでいる原因を家族法に見出し、ムスリム社会の内側から変革していこうとする取り組みに敬意を示した。山本氏は、エンパワーメントが抑圧や差別の根源であることを一貫して主張し、イスラームの聖典の中に正義や平等を追及していることに感銘を受けただけでなく、21世紀が公正な世界になるためには平等が必要というシンプルでストレートな意見にも心が響いたことを伝えた。

左より、松井ケティ氏、ザイナ・アンワール氏、ジーバ・ミル=ホセイニ氏、戸松義晴氏、河田尚子氏、山本俊正氏。

また、戸松氏はお寺での女性の役割や、宗教法人審議会の男性メンバーなどを例に挙げながら、女性差別をなくすにはクオーター制度の導入が必要であり、内的改革だけでは変わっていかないのが今の仏教界の現実であることを述べた。河田氏は、日本では「女性はこうすべき、こうあるべき」という規範によって縛られていることを伝え、家族法が確立されてイスラームでは書かれていることへの改革だが、日本の場合は不文律なことに挑まなければならないと日本とイスラーム社会の違いに言及した。

山本氏は宗教的価値観とのギャップということに触れ、聖書の見地から宗教の教えの一側面だけ捉えてしまうとギャップが起こるのではないかと語った。また、日本のキリスト教信徒は人口の1%しかおらず、ジェンダー問題をそれぞれの教団教派で解決するのは困難とし、問題解決のためには、海外のキリスト教の団体や、エキュメニカルの団体などと積極的に関わることの必要性を語った。最後に戸松氏が、平和を脅かすものとして、ウクライナとロシアの戦争、イスラエル・パレスチナ紛争のような身体的暴力をすぐに思い浮かべるが、目に見えない暴力も平和を脅かすものだということを改めて考えていきたいと話した。

第42回庭野平和賞を受賞した「ムサーワー」はムスリム家庭における男女平等の実現に向け活動を展開する国際的なネットワーク組織。2009年にマレーシアで設立され、NGO、活動家、研究者、法実務家、政治家など、世界中から参加している。同賞の贈呈式は5月14日、国際文化会館(東京都港区)で開催された。「ムサーワー」はアラビア語で「平等」を意味する。

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