【映画評】 この現実を見据える確度 『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

 カリフォルニアやテキサスほか西部19州が離脱、アメリカ合衆国は内戦へ突入する。

合衆国大統領は、自身の3期目着任を実現すべく憲法改正へ踏み切るが、反発し武装蜂起した西部勢力の鎮圧に失敗、首都ワシントンD.C.への侵攻を許してしまう。映画『シビル・ウォー』の主人公は、己の命さえ風前の灯し火となった大統領へ直接取材するため、大統領暗殺を狙う反乱軍への従軍を決意、戦地最奥への潜入を図るジャーナリストたちである。

周知のように、来たる11月アメリカでは大統領選挙が行われる。『シビル・ウォー』に登場する独断専行型の大統領は言うまでもなくドナルド・トランプをモデルとし、本編では主人公らがホワイトハウスへ近づくよりずっと前の段階で、反乱軍尖兵による大統領の暗殺も近いことが告げられる。本作の全米公開はこの2024年4月であったが、その翌月には有罪評決を受けた初のアメリカ大統領経験者となったトランプが、まさか直後の7月演説中に銃撃されてしまうとは、本作の監督と脚本を兼任したアレックス・ガーランドも想像しなかったに違いない。この意味でも本作は、その予言性においてアメリカ本国で大きな反響を呼んだ。

ガーランドは、26歳で執筆した1996年刊行でタイ島嶼部が舞台の『ビーチ』がベストセラーとなり、レオナルド・ディカプリオ主演の映画版も世界的にヒットして華々しい小説家デビューを果たすが、数年を俟たずして映画の脚本家へと転身する。彼の初脚本に基づく2002年公開でイギリスが舞台の『28日後…』は“全力疾走するゾンビ”を迫真的に描き、ロメロやアルジェント以来のゾンビ物ジャンルにおける固定概念を更新した画期作として名高い。そして今作『シビル・ウォー』は、近年自らメガホンを採りだした彼の監督4作目にあたる。

小説や脚本、監督作の別を問わず、ガーランド作品に特徴的な作風として『ビーチ』以降一貫するのは、混沌とした全体状況のもと主人公らが探検のすえ奥地で想像外の現実を目撃する展開だが、大統領府をその“最奥の地”とする本作『シビル・ウォー』は、フランシス・フォード・コッポラ監督傑作『地獄の黙示録』のメコン川遡行をなぞる点でも注目される。米軍の攻撃ヘリ部隊が、隊長機に装備した巨大スピーカーからワーグナー《ワルキューレの騎行》を響かせて南ベトナムの海沿い村落を襲う殺戮描写の過激さなどで知られる『地獄の黙示録』は、川の遡行に併せ事態が誰にも予想不能の混迷状況を呈してくる。

『シビル・ウォー』においても、法の適正な執行など望むべくもない暴力が支配する戦場の混沌が描かれる。その風景は、ほぼそのままロシアやイスラエルの戦争を誰も止められず、トランプのような扇動型の政治家が支持を集めるこのリアル世界の今日的現状を引き写している。米国憲政史上初めて本土が攻撃されたとして、アメリカ大統領が高らかにイスラーム原理主義勢力への宣戦布告を遂げるきっかけとなったアメリカ同時多発テロ事件からこの9月で丸23年が経過したが、元大統領にして有力な次期大統領候補当人が議事堂襲撃を扇動するアメリカ社会の混迷状況をガーランドは、『シビル・ウォー』はアメリカ本土にベトナム戦争級のカオスを現出させることで痛烈に風刺する。

コロナ禍以前、タイの島嶼部にバックパッカーたちが築き上げた理想郷での悪夢を描いたアレックス・ガーランドのデビュー小説『ビーチ』は、コッポラ『地獄の黙示録』のワーグナー行軍部を想わせる描写から始まる。『シビル・ウォー』においては中盤、指示命令系統を失った兵士がただ互いの命を奪い合い、無目的に半ば享楽化した殺戮をくり返す地域や、全体情況に背を向け内輪だけの平穏を保つことに固執するコミュニティを通過するが、こうした展開は『地獄の黙示録』におけるメコン川遡行とほぼ一致し、初脚本作『28日後…』において個別に生存を図る各集団描写や、米国海岸を襲った正体不明の広域現象の謎を解くべく行方不明の調査隊を追う監督第2作『アナイアレイション -全滅領域-』など、ガーランド作品で頻繁にみられる構成となっている。

こうした構成が共通して着目するのは、自己同一性を保証する外的環境としての社会と、社会を生き抜く個の精神とが織りなす境界の揺らぎである。このとき“社会”へ焦点化したのがすでに挙げたガーランド作品群であるとすれば、“精神”へ重点化したのが小説第3作『昏睡』やカズオ・イシグロ原作によるガーランド脚本第3作『わたしを離さないで』、AIを主題とする初監督作『エクス・マキナ』や、「有害な男性性」を戯画化した監督第3作『MEN 同じ顔の男たち』だと言える。

 愚か者は自分だった。結局ぼくは、ひとりではしゃいでいたにすぎなかった。ビーチを去るという考えが浮かんだとき、(中略)すべてはこうして終わりを迎えることになっていたのかもしれない。大麻畑の番人というヴェトコンの猛撃を受け、混乱のうちにキャンプを撤退するのではなく、単なる軍隊の解体によって招集を解かれ、空虚を胸に帰郷する……。事実、多くのアメリカ兵、いや、ほとんどのアメリカ兵にとって、ヴェトナムはそのようにして終わりを迎えた。それは統計的に見てもはっきりとしている。ミスター・ダックのルールに従えば、ぼくも無事に帰郷できるはずだった。(アレックス・ガーランド『ビーチ』p.406-7)

2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件を「映画のようだ」と形容した人間が当時大半であったことや、とりわけ第三世界とかつて称された旧植民地各国の巷では少なくないケースでツインタワー崩壊の報道映像が喝采を以て迎えられた事実を、今日どれだけの人々が記憶するのか心もとないが、製作過程に四桁からの人数が関わる産業品である商業娯楽映画は今も昔も、大衆の集合的無意識をしばしば体現しつづける。すべての人間が吸血鬼と化し、最後に残った人間である主人公が教会へと逃げ込むリチャード・マシスンによるホラー小説およびその映画化作『地球最後の男』(1954年刊行/1964年映画化)は、恐怖に駆られ吸血鬼を狩る主人公こそが真の怪物であったと自覚し終幕する。

伝染病に恐慌をきたし心的なゆとりを失った人々が、ブラック・ライヴズ・マターから議事堂襲撃まで度々暴動を起こす光景。そこではもはや社会運動や政治対立が、暴発のトリガーとして利用されているだけにさえ映る。話題作を連発する映画製作会社A24による製作配給という大きな後ろ盾を得て本作『シビル・ウォー』が描きだすのは、人々が豹変しゆく初脚本作『28日後…』の頃からアレックス・ガーランドが真に映像化したかった終末世界をも精緻になぞる、現下のリアルそのものだ。

(ライター 藤本徹)

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2024年10月4日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開。

『シビル・ウォー アメリカ最後の日』“Civil War”
公式サイト:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/

【参考引用文献】

アレックス・ガーランド 『ビーチ』 村井智之訳 アーティストハウス
アレックス・ガーランド 『昏睡 コーマ』 村井智之訳 アーティストハウス

【本稿筆者による関連作品ポスト】

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