「開かれた教会」をめざし、毎週水曜日の昼にチャペルコンサートを催してきた日本基督教団霊南坂教会(東京都港区)には、100年前に寄贈された古いオルガンがあった。国内では2台しか現存しないという、歴史遺産としても貴重なフランス製のハルモニウム。1986年の新会堂建設以後、パイプオルガンが設置されたことで演奏の機会が減り、経年劣化が進んだ結果、1995年を最後にその音色が会堂に響くことはなくなった。
しかし、奇跡的な巡り合わせが重なり、2019年に来日したオランダのオルガン技師による調査で、完全な形で修復可能であることが判明。今、同教会の有志による「ハルモニウム保存会」が海外での修復のために広く支援を呼び掛けている。
「保存会」有志が広報活動
〝オンライン〟介して献金者からのコメントも
霊南坂教会のハルモニウムは1921年、旧会堂の献堂にあわせて2人の信徒により寄贈され、礼拝の奏楽に用いられてきた。旧会堂とともに関東大震災や空襲をもくぐり抜け、1986年の会堂改築にあたって新会堂へと移された。
しかし、同じ会堂内でパイプオルガンと併用された期間は短く、次第に礼拝の表舞台からその影が薄れていく。長く会堂では目にしながら、その音色を聞いたことがないという会員も増えてきた。同教会を設立した小﨑弘道牧師を曾祖父にもつ田所あい子さんもその1人。「今からどんな音が聴けるのか楽しみ」と、期待を寄せる。
国内に修復を手掛けられる専門家は見つからなかったが、幸い修復可能な状態であることが分かり、2019年には信徒有志が本格的に修復のための活動を開始。2021年の役員会で技術的見通し、費用計画、物流計画などを吟味し、正式に承認された。教会役員で保存会のメンバーでもある伊藤和人さんは、この修復事業が宣教のわざだけに留まらず、技術的遺産の継承にも役立つはずと確信する。「信仰の先達たちの思いを、後世にも受け継いでいきたい」
修理を委託したルイ・ヒューフェナール工房は、オランダ東部にあるオルガン修復のプロ集団で、世界各国の古いオルガンを収集し、再生可能なものを修理、再販売している。楽器の奏鳴部のみならず、送風系統や外装装飾に至るまで、豊富な知識と幅広い協力者ネットワークを持った世界有数の工房である。
本体修復のほか、輸送費、諸経費などを含めた総額の約3分の2はすでに匿名の指定献金によって賄われており、不足分を1年以内に募ることを目標に掲げているが、道は決して平坦ではない。保存会では手書きの壁新聞で作業の進捗を知らせるなど、広報活動にも注力し、今後はバザーなどでも献金を呼び掛けることにしている。
同教会で試験導入中の「オンライン献金.com」(https://bit.ly/39QYSfQ)を介した指定献金も寄せられ始めている。保存会メンバーの1人で教会事務の長谷川まりさんは、「送金される方々から、同時にコメントも寄せてもらえるのはありがたい」と話す。「オンライン」の場合、献金にあわせて説教の感想や牧師へのメッセージも気軽に書き込めるという利点があり、席上献金とは異なる新たなコミュニケーションが生じつつあるという。
2022年1月末に行われた搬出作業=写真下=には、国内でリードオルガンの修理に携わる職人と経験豊富な愛好家も立ち会い、部品を一つひとつ分解しながら歴史的な瞬間を共有できた。ヒューフェナール氏の委託を受け、彼らが帰還後の再組立、修復後の保守も担う。ハルモニウムは2月27日夜、オランダに向けて東京を出発し、現在は異国の地で修復作業の過程にある。
予定どおりに進めば年内にも奉献。修復されたハルモニウムは、朝礼拝奏楽用としてパイプオルガンを補うほか、夕礼拝、葬儀、結婚式をはじめ、外部オルガニスト、教育機関への貸し出し、オルガン技術研究者への協力などに活用される。また保存会は、行政との協議で文化財・歴史資料への登録、活用できる助成制度への道も模索している。
「ハルモニウム保存会」発起人の1人であるオルガニストの今井奈緒子さん(東北学院大学教授)は、「保存会のメンバーが、それぞれの得意分野で活動に関わることで強い推進力とともに新しい交わりが生まれたこと、加えて私たちが『賢人』と頼む技術者、愛好家の方々の協力と励ましに感謝。このハルモニウムは、当初考えていたよりもずっと良い音になって返ってきて、礼拝堂をキリストのかおりで満たすに違いない」と語る。
教会の財産を後世にどう残していくべきか。海を越えて再びよみがえるハルモニウムの響きは、これから多くの教会が直面する課題に多くの示唆を与えてくれるだろう。
▼同教会が修理期間中に貸与されたミュステル製ハルモニウムの演奏。