つくつくぼうしの鳴き声に囲まれて、そのことに思いを馳(は)せて歩いていると、向こうから手をつないだ3人の母子がやってきた。真沙子と友樹と翔であった。
「おとーしゃん!」
「おかえりなさい!」
嬉しそうに駈けてきた子供たちを、「ただいま」と謙作は順々に高く抱き上げた。
小走りで真沙子がやってきた。
「そろそろ帰る頃だと思って。おかえりなさい」
汗をかいて、息を弾ませている。マタニティードレスの腹部が、スイカのように盛り上がっていた。
「走って大丈夫なの?」
「平気。母は強し。3人目だと違うわよ。さっき城島さんから電話があったの。ケンちゃんに何か話があるみたい。帰ったら電話をくださいって、お言付(ことづ)けよ」
「何だろう」
謙作は小首を傾げた。
「早くおうちに帰ろう」
「おとーしゃん、早く」
「そうだね」
子供たちを真ん中にして、4人は横一列に手をつないで歩き始めた。
「城島さんって、見かけは普通だけど、声がダンディーね。電話だとドキドキしちゃう」
「まったく、マコって、声のいい人に弱いんだから」
「だって、声って大事よ。見たくなければ眼を逸らせばいいけど。声は耳をふさぐってわけにいかないでしょう。牧師なんか特に、説教するのが仕事なんだから、声って重要よ」
上目遣(うわめづか)いに謙作が尋ねた。
「ぼくの声って、いい?」
「説教学の授業で、ケンちゃんの説教を聞いて『一度でファンになった』って言ったら信じる?」
「そうだったんだ。ちっとも知らなかった」
「私だけじゃないの。ケンちゃんの説教のファンはいっぱいいたわよ。みんなでファンクラブ作ろうかって言ってたくらい」
「ホント?」
謙作には半信半疑であった。説教は大の苦手だった。講壇に立つと、いつだって足が震え、声が裏返るのである。
「信じられない。だって、ぼくの説教って、いつもクラスで最下位だったんだよ」
「ごめんなさい」真沙子が笑って白状した。「本当は、ファンじゃなくて、フアン。不安よ。ケンちゃんの説教を聴いてると、みんな不安がいっぱいになるの」
「何それ」
「大丈夫。いまは説教のとき、けっこう堂々としてるし、話も上達したし、ね。なんてったってケンちゃんは、声がいいもの」
「褒(ほ)めてるの? けなしてるの?」
友樹が翔に言った。
「お父さんの声、メチャクチャマンに似てるよ。な、翔」
「しょっくりだよ」
「メチャクチャマンって誰?」
真沙子が可笑(おか)しそうに答えた。
「最近始まったアニメのヒーローよ」
「すごい名前だね。メチャクチャかっこいいから?」
「ましゃか!」
友樹と翔は大笑いした。
「メチャクチャ弱いんだよ!」
アパートに帰り着いた謙作は、さっそく城島に電話をした。
役員会に関する何かだろうと思っていたのだが、意外にもそれはプライベートな誘いであった。
「急ぎの用というのではないのです。実は先生と一度ゆっくりとお話をしてみたいと以前から思っておりました」
これまで仕事が忙しくてなかなか時間がとれなかったのだが、急に明日の予定がキャンセルとなった。それで思い切って電話をしたというのだ。
「明日は……」壁の予定表を見ながら謙作が答えた。「午後からなら空いています。1時半でいかがでしょう」
「けっこうです」
城島の声は嬉しそうだった。(つづく)