NHK大河ドラマ第59作「麒麟(きりん)がくる」が19日から放送される。織田信長(おだ・のぶなが)を裏切って「本能寺の変」を起こしたことで有名な明智光秀(あけち・みつひで)の生涯を描く作品で、長谷川博己(はせがわ・ひろき)が主役を務める。
その戦国時代のキリスト教伝道をリアルタイムに報告しているのがフロイス『日本史』全12巻(中央公論社)。後世に想像で書かれたものではなく、同時代に生きて直接会っている人が書いている貴重な一次資料なので、真実に近い光秀の姿をそこからうかがい知ることができるのだ。
ところで、いま新刊として手に入れやすいのが『完訳フロイス日本史』全12巻(中公文庫)だが、この記事ではその元となった単行本から引用を行う。文庫と単行本では構成が変えられているため、巻数と頁が一致しないのでご注意願いたい。
まず、光秀のいた時代のキリスト教史を簡単に振り返ると、こうなる。光秀は生年不詳(1516年と28年の2説ある)で、1582年、本能寺の変の直後、「山﨑の戦い」で豊臣秀吉に敗れて亡くなった。その間の49年、ザビエルが日本にキリスト教をもたらし、信長が宣教師やキリシタンを優遇したこともあって、数十年のうちに日本宣教がかなり進んだといわれる。しかし87年、日本を征服されると疑心暗鬼になった秀吉によってバテレン追放令が出され、キリシタン迫害の時代が始まる。
さて、フロイスは光秀について次のように紹介している。「信長を殺した明智(光秀)」(12巻、61頁)、「謀叛(むほん)によって信長を殺害した明智(光秀)」(2巻、185頁)、「(信長)は、丹波、丹後(両)国、および近江の国の三分の一(を形成していた)比叡山の僧侶たちのほとんど全収入を明智(光秀)に与えたが、明智は後に信長を殺す(に至る)」(4巻、126頁)。
何より、その人柄を事細かに伝えているのが5巻(五畿内篇3)だ。
傲慢さと過信において彼(信長)に劣らぬ者になることを欲した明智も、自らの素質を忘れたために、不遇で悲しむべき運命をたどることになった。(175頁)
その才略、深慮、狡猾(こうかつ)さにより、信長の寵愛(ちょうあい)を受けることとなり、主君とその恩恵を利することをわきまえていた。……自らが(受けている)寵愛を保持し増大するための不思議な器用さを身に備えていた。彼は裏切りや密会を好み、刑を科するに残酷で、独裁的でもあったが、己れを偽装するのに抜け目がなく、戦争においては謀略を得意とし、忍耐力に富み、計略と策謀の達人であった。……彼は誰にも増して、絶えず信長に贈与することを怠らず、その親愛の情を得るためには、彼を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、彼の嗜好(しこう)や希望に関しては、いささかもこれに逆らうことがないよう心掛け(ていた。)(143頁)
このように裏切り者のイメージそのままの人物像が綿密につづられている。
それに続いてフロイスは、「本能寺の変」の経緯を詳細に報告する。ここでは割愛するが、興味のある方は実際に『日本史』を読んでほしい。
そんな光秀だが、キリスト教に対してはどういう態度をとっていたのだろうか。
明智は悪魔とその偶像の大いなる友であり、我らに対してはいたって冷淡であるばかりか悪意をさえ抱いており、デウス(神)のことについてなんの愛情も有しない……(149~150頁)
熱心な信仰で知られる細川ガラシャの父親であり、またキリシタンを厚遇した信長の臣下であった光秀だから、キリスト教に対して何らかのつながりがあるように思われるが、まったくそういうことはなかった。むしろ、信長亡きあと、光秀によって自分たちがどうなるかを宣教師らは案じていたようだ。
司祭たちは、信長(の庇護や援助があってこそ今日)あるを得たのであるから、彼が(教会に)放火を命じはしまいか、また教会の道具には(すばらしい品があるという)評判から、兵士たちをして教会を襲撃させる十分な意志がありはしまいかと、司祭たちの憂いは実に大きかった。(150頁)
最後に、「三日天下」に終わった光秀の最期をフロイスがどのように記述しているかを見ておこう。
哀れな明智は、隠れ歩きながら、農民たちに多くの金の棒を与えるから自分を(居城である)坂本城に連行するようにと頼んだということである。だが彼らはそれを受納し、刀剣も取り上げてしまいたい欲に駆られ、彼を刺殺し首を刎(は)ね……た。しかも、かかる際、彼は異教徒の身分ある者が名誉のために行なう切腹をするための時間すらも持ち得ず、貧しく賤(いや)しい農夫の手にかかり、不名誉きわまる死に方をしたのである。(172~172頁)
フロイスはそう書くことはしなかったけれど、誰もが知っている「裏切り者」を光秀に重ねていたのかもしれない。イスカリオテのユダを。(2に続く)
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