安倍晋三元首相の銃撃を受けて、政治と宗教との癒着、「宗教2世」の問題が改めて取りざたされる中、統一協会(現・世界平和統一家庭連合)をエホバの証人、モルモン教とともに「異端」として遠ざけてきた日本のキリスト教諸教会は、いかに他人事とせず、当事者意識を持って受け止めているだろうか。学生時代に3年間、統一協会で活動しながら、救出活動を行う「エクレシア会」の和賀眞也さん(セブンスデー・アドベンチスト教団名誉牧師)との出会いで脱会を果たし、後に牧師となった花田憲彦さん(セブンスデー・アドベンチスト教団立川キリスト教会主任牧師)に、今回の事件から考えるべきことについて話を聞いた。
〝キリスト教会の責任は大きい〟
「原理研究会」での極貧生活を振り返る
事件直後、「特定の宗教団体」と名前を伏せて報じられていた7月11日、自ら名乗り出て会見した田中富広会長の話を聞いて花田さんは、「結局、本質は変わっていない。平気な顔で話しているが、すべて嘘」と断言する。会見の終盤には、記者の質問に答えて収入の10分の1をささげる「10分の1献金」についての説明もあったが、実態はすべてをささげさせる「10分の10」だという。田中会長の隣に座っていたのは、かつての上司にあたる澤田拓也総務局長だった。
花田さんが入信したのは大学2年の終わりごろ。先輩から誘われて行ってみたサークルが統一協会の学生組織「原理研究会」だった。当時、霊感商法や合同結婚式がすでに社会問題となっていたが、出会ったメンバーは皆生き生きと輝いており、表面的には楽しい学生生活を送りながらも、生きる意味や目的を見失い、空しさを募らせていた花田さんには魅力的に映った。「神に造られた命にはすべて意味がある」という聖書の思想に衝撃を受け、「道を見つけた」と確信した。
これまでの世俗的な価値観を捨てるため、お酒や友人関係を一切断ち切り、バイト代を貯めて買った二十数万円のコンポも大好きなCDや車、そして過去の写真もすべて処分し、住んでいたアパートも引き払って、25人ほどが寝泊まりしていた寮に「裸一貫」で転がり込んだ。
「統一協会に入りやすい人の傾向」として花田さんは、「基本的に真面目な人」「キリスト教や聖書に興味はあるものの、しっかり学んだことがない人」の2点を挙げた。自身はまさに両方を兼ね備えていた。
わずか3年の在籍期間だったが、その生活は過酷を極めた。毎朝5時に起床。祈祷会後に寮の掃除、朝食後に登校。途中でアンケートを口実にした伝道活動(信者獲得活動)を行い、形式的に授業へ出席するものの、睡眠時間が4時間以下と短いのでほぼ寝て過ごす。昼休みに昼食を食べて伝道。授業終了後には、17時から伝道出発式を経て2時間ほど訪問伝道。夕食後、夕礼拝の後に行う反省会では、2、3人ずつの班に分かれ「アベル」と呼ばれる先輩から指導を受ける。その日の勧誘目標を達成できていなければ、さらに21時から23時まで訪問伝道に出かける日々。
週1回の食事当番で用意される昼食代は1人50円、夕食代でも100円という貧しさ。九州大学の原理研究会(現CARP)は、飲食店の裏口から、期限切れの廃棄物を調達していたと聞いたことがある。
長期の休みには「万物復帰」と呼ばれる販売活動を行う。教義では、サタンに奪われたお金を取り返し、自らを成長させるという修行の一環でもあった。地域ごとに7、8人単位のキャラバン隊を何チームも結成し、40~50日の間、公園に野宿しながら、500円原価の黒檀の箸や脱臭シートなどの雑貨を2000円で売り回る。全国の学生組織がひと夏だけで数十億円の資金を稼ぎ、韓国に送金していたと考えられる。
後半の2年間は大学の非公認サークルである原理系学生新聞の編集に携わった。卒業生名簿を使ってOBに電話をかけ、「大学の新聞部」を名乗り、協賛広告、年間購読を確約してもらい、およそ300万円を稼いだ。当時の「全国学生新聞会連合」(統一協会傘下の学生新聞の全国組織)で指導的立場にあったのが、現総務局長の澤田氏(会見右隣)だった。
政治とのつながりは当時から耳にしていた。花田さんの先輩学生信者たちは、選挙活動に専念するため全員留年を余儀なくされた。当時、応援する議員として名前が挙がっていたのは小沢一郎、安倍晋太郎、高村正彦の3人。公安警察とも内通しており、学内の過激派組織に関する情報をリークしたこともあるという。
「目的を達成するためにはいかなる手段も辞さないという考えが教義にある。長くいればいるほど良心が麻痺していく。私は3年だったのでまだ傷が浅かった。長くいればいるほど脱会は難しくなる」と、花田さんは振り返る。
脱会のチャンスを一度だけ棒に振ったことがある。統一協会内では悪名高い「反対牧師」として知られていた和賀さんに、両親の説得で会うことになった。「統一協会の正しさを徹底的に証明してやる」と意気込んで臨んだものの、話し合えば話し合うほど、これまでの信仰が揺らぐことを察し、3日目の夜、暗い嵐の中を逃げ出してしまったのだ。和賀さんは、強引な救出活動として問題視されていた拉致監禁の手法は取らなかった。あくまで「信仰をやめさせるためではなく、真理を伝えるため」というスタンスを貫いた。統一協会を脱会後に、聖書を学びたいと言っても止めないという親の同意も得るようにしていた。
その1年後、再び和賀さんと「対決」することになり、今度は約1カ月にわたって統一協会の経典である『原理講論』と聖書を読み比べながら、検証を続けた結果、ついに「偽りの宗教組織」であることを認めるに至る。
「それまでの議論は延々と平行線でしたが、話し合いの土俵を聖書に据えてから、過ちに気づくまでは速かったと思います。イエスが旧約聖書を引用して誘惑してくるサタンを撃退したように、み言葉の力は偉大です」
脱会後は、信じていたものに裏切られ、傷つき、すべてを失った敗残兵のように惨めな思いを抱きながら最も帰りたくなかった親元に戻り、布団の中で枕を濡らす引きこもりのような生活が続いた。入信に猛反対していた両親から責められることを覚悟していたが、何も言わず温かく迎え入れてくれた。元信者の多くは、「家族の理解がなければ脱会は難しい。やめた後に、帰る場所としての家庭の存在は欠かせない」と証言している。
すがる思いで久々に聖書を開くと、3度も裏切ったイエスから「あなたはわたしを愛するか」と語りかけられたペトロと自分の境遇が重なった。神が愛の存在であるなら、もう一度だけ賭けてみたい。純粋に聖書を学ぼうと奮い立ち、ある大学の神学部への進学を決意した。
大学在学中、悩める花田さんを熱心に訪問してくれたのは、クリスチャンではなく、統一協会の学生だった。「統一協会が恐れているのは、マスコミや警察よりも、み言葉を盾に立ち向かってくるクリスチャンです。日本人は本物(聖書)を知らないからこそ騙(だま)されやすい。内にこもって伝道しなくなったキリスト教会の責任は大きい。統一協会の被害をめぐって弁護士が熱心に活動されていますが、法律の問題しか解決できません。心の問題を解決できるのは、聖書を土台にする教会の役割。沈黙は許されません」と花田さん。
安倍元首相の銃撃事件の後、久々に再会した和賀さんと、「山上徹也容疑者も、『エクレシア会』と出会っていれば、事件を起こさずに済んだかもしれない」と悔恨の言葉を交わした。急きょ作成したトラクトのテーマは、「宗教に頼らない生き方」。いくら献金しても、組織に貢献しても、神との人格的なつながりがなければ救いはないと、改めて確信を深めている。