【となりの異教徒 妻は寺娘】 凸凹夫婦の歩み(1)出会い~結婚 Ministry 2020年3月・第44号

 お寺の娘と神学生がキリスト教系大学で出会い、結婚して子育てに奮闘する――そんなありそうでなさそうな凸凹夫婦の日常から、「共生」を実践する上でのヒントを探る。

キリスト教徒はキリスト教徒と結婚するべきである。そう思っている人は少なくないだろう。

聖書を開いてみると、異なる民族的・宗教的アイデンティティを持つ者同士の結婚について否定的に記されている箇所がいくつか散見される。例えば、「エズラ記10章」がよく知られているだろうか。そこには、異民族の女性を妻として迎えたイスラエル人男性たちが、妻と子を離縁し追放するよう迫られる場面が描かれている。キリスト教という宗教は、ユダヤ教の伝統を部分的に引き継いではいるものの、パウロたちの働きによって初期の段階から多民族によって構成される宗教となった。けれども、排他的な側面が失われることはなかった。現代において、キリスト教のそのような排他性と宗教的純血主義は薄らいできたと言えなくもないが、それでもやはり、「キリスト教徒はキリスト教徒と結婚し、子どもにも洗礼を受けさせるべし」という考えは、教会の中に未だ色濃く残っている。

私と明香は、今から6年前、2014年1月に結婚した。私たちの結婚式は次のような内容であった。何を隠そう、私たちの結婚式は「人前式」であった。明香や彼女の親族(仏教サイド)からの反対を受けたわけではない。むしろ、妻の方は「キリスト教式」に肯定的な考えを持っていた。実は、私が拒否したのだ。「神を信じていない妻に、神のみ前で誓いを立てさせるのか」と考えたときに、当時、キリスト教教師としてのスタートラインに立っていた私にとって、それは〝愚行〞にしか思えなかったのである。それで私たちは、独自の結婚式文を作成し、当時2人がそろってお世話になっていたゼミの指導教授にお願いをして、「人前式」での結婚式を執り行っていただいたのである。

「キリスト教」の礼拝堂で行われた「人前式」の結婚式で、「仏教」のお坊さんである義父にスピーチをしていただいた。

式の内容で特にこだわったポイントをいくつかご紹介したい。まずは、「新郎新婦入場」。伝統的なキリスト教式の結婚式では、まず新郎が入場し、その後、新婦は父親に連れられて入場する。これは、家長である父親が自分の娘を他の男性のもとに嫁がせるという慣習に由来しているものであるが、私たちはそのような考えを持っていないので、2人そろって入場することにした。

次に、「表明」。これは、キリスト教式の結婚式では、司式者(牧師)による「式辞」にあたる部分だが、私たち夫婦はそれぞれに、「なぜこの人を愛し、人生のパートナーとして受け入れたのか」をスピーチした(何を語ったのかは内緒)。

「誓約」は、通常、司式者と新郎新婦との問答形式が多いが、私たちは2人で声をそろえて誓いを立てることにした。「結婚の証認」の文言は、結婚式の立会人となる司式者と会衆とが、結婚の証人であることを新郎新婦の前で宣言する内容となっている。なお、「誓約」と「結婚の証認」は、二つ合わせて前と後とで新郎と新婦の名前が対照になるよう工夫した。

極めつけは「祝辞」と「祈り」。これは、まず類を見ない試みであろう。「祝辞」では、寺の住職である義父に、袈裟(けさ)を着て登壇していただき、2人へのお祝いの言葉を述べていただいた。そして、「祈り」では、司式者によるキリスト教式の祈祷がささげられた。こうして、異なる宗教に属する教職者2人による祝福と祈りの言葉が、会堂に集う私たち一人ひとりの心に響き渡ったのである。宗教の枠を超える「隣人愛」によって形作られた〝エキュメニカル〞な結婚式が完成した瞬間であった。

終始和やかな雰囲気で行われた結婚式、そして大勢の友人たちからの応援に後押しされつつ、私と明香は共に故郷を離れ、名古屋へと旅立つこととなった。私たちの結婚は、多くの人たちから祝福をいただいたが、いわゆる「異宗婚(異宗教結婚)」を望んでいるカップルの中には、家族や知人、宗教指導者からの反対を受けるケースもあるだろう。大丈夫だ、あなたたちの存在は尊く、神の目に価高い。

最後に、パウロの言葉をもって締め括りたい。「ある信者に信者でない妻(夫)がいて、その妻(夫)が一緒に暮らすことを望んでいる場合は、離縁してはいけません。……信者でない夫は、妻によって聖なる者とされ、また、信者でない妻は、夫によって聖なる者とされているからです。……妻よ、あなたが夫を救えるかどうか、どうして分かるのですか。夫よ、あなたが妻を救えるかどうか、どうして分かるのですか」(コリントの信徒への手紙一 7章12〜16節=聖書協会共同訳、丸カッコ内は筆者挿入)

【Ministry】 特集「神学と福祉」/新型ウイルスと教会「今こそ礼拝とは何かを問う」 44号(2020年3月)

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