11月12日 コロサイの信徒への手紙2章12節

洗礼によって、キリストと共に葬られ、また、キリストを死者の中から復活させた神の力を信じて、キリストと共に復活させられたのです。
コロサイの信徒への手紙2章12節(参照箇所同書2:6〜15)

 

洗礼は、形式をもって執行されますから、見たところ儀式のようであります。しかし、パウロは洗礼を人間が定めた類いの儀式とは考えませんでした。洗礼は、キリストの死と命にあずかる出来事であるとしたのです。ルターは、「洗礼の水によって、人は罪の中に溺れ死ぬのであり、キリストはその人を引き上げて生き返らせてくださるのである」と言います。人の生まれ変わりの出来事でありました。

洗礼は、人が一旦罪に死ぬのですから葬式をするようなものです。葬式を済ませておいて、もう一度息を吹き返して復活します。パウロは、これをキリストと共に葬られるのであり、キリストと共に復活するのであるとしました。キリストとの共死共生とでも言うべき出来事が洗礼において起こっているということです。

これは考えて、分かることではありません。考えて分かるようにするには、規定を作り、儀式化すればよいのです。キリストとの共死共生は、考えて分かることでないので、体で体験する以外にありません。だから、水が用いられるのです。

 






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