そうするうちに、ふみの心は次第に落ち着きを取り戻していった。
紘子を家に迎えたのは、そんな時であった。
志信との話を立ち聞きしたふみは、大きな衝撃を受けた。
紘子が帰ったあと、志信は憔悴(しょうすい)した様子で自室にこもってしまった。夫を心配したふみは、これをしおに家に帰ることにした。
しかし、家に帰ったふみは、ふたたび悲しみに沈むようになった。陶子と眺めた庭の花、陶子と愛でた花器や茶碗。陶子のために弾いていた琴。この家は陶子の思い出が多すぎるのである。
だから、クリスマスの季節が訪れても、ツリーを飾る気にどうしてもなれなかった。オーナメントを見るのがつらすぎた。
「ごめんなさい。わがままいって……」
「キリスト教信者ではないんだし、かまわないよ」
志信が快く了解してくれたことで、かえって申し訳なさでいっぱいになった。応接間のツリーは志信も毎年楽しみにしている。
ふみは自分が情けなかった。
紘子の訪問を受けて以来、志信はどこか元気がなかった。夫も親友を亡くしたのである。しかも、あれほどの秘密を知らされてしまった。いくら志信でも荷が重いだろうに。私は何の役にも立たない。それどころか、夫を慰めることもできないでいる。
ある日、ふみは思い余って言った。
「本当にごめんなさい。いつまでもこんなふうで……。実家にだって長いこと入り浸って、志信さんに不自由をおかけしてしまって。……わからないんです、どうしてこんなふうなのか。もっと私がしっかりしていれば……」
ふみは無念の涙をこぼした。言葉に出したことで、今まで耐えていた思いが一度にあふれ出てきた。
「自分がこれほど弱い人間だとは知りませんでした。自分で自分が情けなくて……。でも、どうすることもできないんです。陶子さんが死んでしまったことが、どうしても受け入れられなくて。今でもまだ信じられないんです……」
「ふみ」
改まった口調で志信が言った。
ふみは思わず顔を上げて夫を見た。
「何でも心のままに、自分の思うようにしなさい。実家にいたければ、好きなだけいていい。ここにいて陶子さんを思い出して、庭を眺めるのがつらいなら、木や花を切ってしまってかまわない。花器や茶碗も壊せばいい。琴も琴爪も捨てればいい。もちろんツリーなんか飾らなくていい。ふみがそうしたければ、何だってすればいい。今のふみは何をしても許される。私に遠慮はいらない」
背後の欄間(らんま)から光が射していた。志信の姿は黒い彫像のようであった。
「ふみの悲しみは、私にはわからない。そのつらさも苦しみも、わかってやりたいけど、本当にはわからない。陶子さんがなぜ亡くなったのか、どうしてこんな悲劇が起こってしまったのか、それも私にはわからない。これが現実だ。これが私という人間の限界だ。すまない、力になれなくて。ふみを助けてやれなくて……」
彫像の肩が震えている。
志信が泣いているのである。
ふみはあふれ出る涙を流れるままに、志信の手を取った。(つづく)