【連載小説】月の都(51)下田ひとみ

 

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ふみは秋が好きであった。空はどこまでも濃く青いし、夕にはこの時季特有の真っ赤な夕焼けが見られる。庭では澄んだ虫の音が聞こえるし、縁側で眺める月も昔話の世界のように清(さや)かである。

しかし今年は、こんな秋の日々を過ごすのがつらくて仕方がなかった。

陶子と出会ったのは、1年前の秋だった。何を見ても、何に触れても、陶子を思い出すのである。特に秋風に寂しげに揺れている萩(はぎ)を目にすると、胸がしめつけられるようで、涙があふれて止まらなかった。

何があったの。

どうして死んでしまったの。

陶子を失った喪失感は大きかったが、それ以上に、自死であったがゆえの残された者の苦しみをふみは味わっていた。陶子が命を絶ったのが琴のお披露目(ひろめ)会の当日であったという事実が、深くふみの心に突き刺さっていたのである。

もしや、お披露目会に出るのが重荷だったのでは?

断りきれなくて無理をしていたのでは?

もしかしたら私の言動の何かに傷つくことがあって、それで……。

考え始めると、疑いはどんどん膨らんでいく。何をしていても、どこにいても、その思いに取り憑(つ)かれると、ふみは我を忘れてしまうのだった。

「陶子さん、ごめんなさい」

「赦(ゆる)して、陶子さん……」

その場に座り込んで、頭を抱えて泣き崩れてしまう

以前のふみならば、志信に打ち明けていただろう。

しかし、今回はそうすることができないでいた。心の苦しみがあまりに大きくて、言葉にするすべを知らなかったのである。それに、たとえ言葉にすることができたとしても、志信に理解してもらえないかもしれない。そういう思いも少なからずあった。

ふみはひとりぼっちで、孤独であった。このままだと自分で自分をコントロールできなくなる。

いつまでもつか。

実家の母が病気になったのは、そんな最中であった。

それはふみにとって救いとなった。

陶子のことは何も──その存在さえ──父と母には話していなかった。

陶子の面影のない場所で、陶子を知らない人たちに囲まれていると、気持ちが楽になった。母の看病や父の世話で忙しく立ち働いていると、時間がすぐに過ぎていく。(つづく)

月の都(52)

 






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