小川政弘さん(76)の著書『字幕に愛を込めて──私の映画人生半世紀』の出版記念会(イーグレープ主催)が5月17日、東京プレヤーセンター(東京都千代田区)で開催された。
小川さんは元ワーナー・ブラザース映画製作室長で、46年半の在職中、2000本を超える映画の字幕・吹替版製作に携わってきた。「ハリー・ポッター」「マトリックス」「リーサル・ウェポン」シリーズ、「JFK」「ラスト・サムライ」「硫黄島からの手紙」2部作等を監修。自身も「ソロモンとシバの女王」「イングリッシュ・ペイシェント」「老人と海」「偉大な生涯の物語」などを字幕翻訳した。
小川さんは1941年、岩手県に生まれ、少年時代から愛してやまない映画の世界に入ったのは20歳の時。高校卒業後、地元で就職したが、夢をあきらめきれず、東京の洋画配給会社に就職の依頼状を送り続け、ついにワーナー映画に採用された。上京の翌年、ラジオ伝道番組「憩いの窓」のパーソナリティーだった尾山令仁氏(聖書キリスト教会牧師)に導かれ、横山武氏(日本バプテスト教会連合・東京中央バプテスト教会牧師)より洗礼を受ける。
同書は、第1部「ワーナー映画と共に過ごした半生」、第2部「字幕翻訳考」、第3部「思い出のワーナー映画半世紀」、終章で構成されているが、本の大半を占めるのは第3部。ワーナー時代に手がけた映画の中から125本を選び、当時の苦労話や、字幕に関わるエピソードが綴(つづ)られている。
この本の特徴について小川さんは、「専門家から映画の愛好者まで、クリスチャンから一般の人まで、誰にでも役立ち、楽しんでもらえる。『字幕』という興味深い世界を、キリスト教と聖書の立場から説き起こし、他に類を見ないユニークな本」と語る。
字幕翻訳には字数制限があり、情報量を3分の1に減らす必要がある。それには「凝縮」「言い換え」「取捨選択」を1つ1つのせりふの中でやっていかなければならない。だからこそ、字幕翻訳はきわめて難しい職人芸だと小川さんは強調する。
クリスチャンの小川さんにとって字幕翻訳をやる上で欠かせないのは、正しい聖書とキリスト教の紹介だ。だからこそ、より専門的にキリスト教を学び、それを基礎にして、この世のただ中で、仕事を通して信仰の証しをしたいと、聖契神学校夜間部で4年間学んだ。
この日は、ジョージ・クルーニー主演の「スリー・キングス」(1999年)、ブルース・リー没後25周年劇場版「燃えよドラゴン」(98年)を例に挙げ、聖書・キリスト教用語が分からないとしっかりした翻訳にならないことを説明した。たとえば、「燃えよドラゴン」で「Man of little faith(信仰の薄い者)」を翻訳者は「信念はないんでね」と訳したが、この言葉はキリストが弟子たちを叱る時の決まり文句だと知っている小川さんは、「至って不信仰でね」と訳している。
ワーナーでの仕事の中で最も感謝しているのは、「偉大な生涯の物語」(65年)を自ら字幕翻訳できたこと。これは、キリスト教映画の中でもクラシックの名画だが、権利の関係で20年間ビデオ化されず、ようやく許可が出たのは小川さんが48歳の時だった。1カ月かけて、「主よ、この作品を通して、あなたのことを正しく、生き生きと伝えられますように」と祈りつつ、全編1500枚を超える字幕を訳していったという。
2008年、ワーナーで最後にプロデュースしたのは、ロブ・ライナー監督の「最高の人生の見つけ方」。がんで余命6カ月と宣告された2人の男性(ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン)が人生最後の冒険に出るという映画。「最後にこの映画に出会えたことを神様に心から感謝しました。好きな映画の世界で過ごすことができたのは、私にとっての『最高の人生』だなとしみじみ思ったからです」
ワーナー退職後も、活躍の場をフェイスブックやユーチューブに移し、字幕翻訳の世界を広げる小川さん。また、同書を出版するきっかけとなった、小川さんがナビゲーターを務める「聖書で読み解く映画カフェ」(お茶の水クリスチャン・センター)も継続中だ。現役時代より多忙を極める自身を「万年映画青年」と評し、最後に次のように語った。
「神学校に入る時に与えられた御言葉は、『神は御言葉をあなたがたに余すところなく伝えるという務めをわたしにお与えになり、この務めのために、わたしは教会に仕える者となりました』(コロサイ1:25)。ここで示されたのは、『牧師になることも一つの道だが、クリスチャン人口1パーセントに満たない日本で、あなたはしっかりと神と御言葉を学んで、正しく伝えることで証人になりなさい。それもまた教会に仕えることだ』ということでした。この神様の召命は生涯変わることはないと確信しています。
たまたま映画という世界に遣わされた私が、仕事を通して神様と信仰を証しすることを目標にして歩んできた一つの軌跡として、この本を読んでいただきたい。自分の召し(=職業)を通して人生を歩むことができのだという励ましになれば幸いです。また、一般の映画ファンには、こういう映画があったと楽しんでいただきながら、願わくは、その背景にあるキリスト教や聖書的なものを知るきっかけになれば本当に感謝です。それによって映画がより深くなっていくからです」