【哲学名言】断片から見た世界 キケロの言葉

哲学者が、史上稀に見る仕方で活躍した瞬間   ー「カティリーナ弾劾」

突然ですが、哲学者が危機を救うヒーローとして言葉の剣を振るった場合、果たしてどれほどの勇ましさを見せてくれるものなのでしょうか。今回は、いざという時の哲学者の活躍ぶりのほどを知るために、古代ローマを代表する哲学者である、キケロの演説を見てみることにしましょう。

「いつまで乱用するつもりか、カティリーナ、われわれの忍耐を。いつまでしらをきるつもりか、お前の無謀な行為を。次はどの手に訴えるつもりか、お前の限りない野望を実現するために。」

この言葉をもって始まる「カティリーナ弾劾(だんがい)」の演説は、当時、40代の前半で執政官の地位にあったキケロが同胞たるローマ人たちの目の前で繰り広げた、言葉のスーパープレイにほかなりませんでした。ここで何が問題になっているのかを探るために、まずは当時の社会を騒がせていた「カティリーナの陰謀」の内容を見てみることにしましょう。

企まれたローマ転覆計画     ー「カティリーナの陰謀」の経緯

紀元前63年の終わり頃にローマの街を襲った大事件、それこそが、キケロが大活躍することになった「カティリーナの陰謀」です。これはその名の通り、カティリーナという名前の元老院議員がリーダーとなって引き起こした、クーデター未遂事件でした。歴史について善悪を語ることは通常は非常に難しいものですが、ことこの事件に関する限りは、歴史家たちの意見は「これはまあ、まず間違いなく悪であろうなあ」との判断で一致しています。

事の本質上、少々穏便ならざる表現にはなってしまいますが、陰謀の計画はこうです。まずは、リーダーをはじめとする同志たち(この男たちは出自は様々であるが、いずれも絶望的に周囲からの人望がないことでは一致していた)がローマ市内で決起して、執政官のキケロをぶっ56し(!)ます。そして、リーダーが56されて大混乱に陥っているローマの街じゅうに火をつけて、それで後はよくわかんないけど、多分イタリア中の不満分子が立ち上がると思うからそこでまた大暴れだぜ、で、ひとしきり大暴れしまくった後、激ヤバな俺たちがついにローマ全土を支配することになって新時代到来だぜイェイという、誰がどう見てもよく練られているとは言いがたい計画でした。

ただし、この計画はすんでのところで、キケロたち元老院側の人々の知るところとなります(一味のうちの一人が、愛人に「なあ、これは絶対に他の奴には言っちゃいけねえんだけどよ、俺たちはこれからローマの街中を巻き込んで、とてつもなくヤバいことをやらかすんだぜグヘヘ……」と調子に乗って語ったところ、賢明なるこの女性が事の顛末をキケロに報告した)。その後も紆余曲折ありましたが、ついに11月7日、キケロの命が狙われる事件が発生し(結果:実行者側の致命的な情報収集不足により失敗)、我らがヒーローは決意して立ち上がりました。運命の日、11月8日がやって来ます。

「カティリーナ弾劾」     ー言葉の力で、事件に立ち向かったキケロ

「いつまで乱用するつもりか、カティリーナ、われわれの忍耐を。いつまでしらをきるつもりか、お前の無謀な行為を。次はどの手に訴えるつもりか、お前の限りない野望を実現するために。」この言葉から始まった紀元前63年11月8日の演説は、後に「カティリーナ弾劾」と呼ばれることになる伝説的なスピーチの第一回にほかなりませんでした。このスピーチにおいて、ついに立ち上がったキケロは数多くの元老院議員たちの、そして、ローマ転覆の計画を企んだカティリーナ本人の前で、陰謀の糾弾に乗り出します。

「お前の陰謀はもはや明らかだ。それに気づいていないのか、お前の考えはもはや、誰もが知るところとなっているのを。」証拠がない、としらを切りながら元老院の議会に出席し続けていたカティリーナに対して、キケロは断固として「もう沢山だ、カティリーナ」を突きつけます。もう沢山だ、カティリーナ。お前は一体、いつまでローマ市民たちの平和と秩序を乱せば気が済むのか。

「カティリーナ、お前が会議場に入ってきたとき、友人であり親族でもある多くの元老院議員で、お前に挨拶したものは一人でもいたか。[…]とはいえ、お前は何を待っていたのか。非難をか。まさか。沈黙という形での非難がすでに下されているというのに。」この演説の目的は主に言って、二つありました。まずは、このカティリーナこそはローマを大混乱に陥れている陰謀の張本人であることを、ローマ市民たちの見守る中で大々的に示すことでした。そのために、キケロは持てる限りのあらゆるレトリックを駆使して、この目的を遂行しようとします。ここでは、議員たちがいま沈黙しているのは「沈黙という形での非難」であることにお前はなぜ気づかないのか、という巧みな言辞でもって、相手に圧迫をかけていますね。

そして、もう一つの目的こそは、ただ純粋な言葉の力のみを用いて、陰謀の張本人であるカティリーナをローマ市内から立ち去らせることでした。「わたしはお前にたった一つのことだけを求める、ローマから出てゆくことだけを。」ローマ市内を血で汚すことなく、ただ公の場で語る人間の言葉の威力、それのみによって、カティリーナよ、お前は今日すぐにローマを去ることになるのだ。キケロによって発されたこの決定的な言葉の前に、カティリーナは、実際にローマの街を出てゆくほかありませんでした。これで混乱が完全に収束したわけではありませんでしたが、11月8日に行われたこの「カティリーナ弾劾」の第一回が、この事件の解決に向かっての大きなターニングポイントとなったことは間違いありません。

おわりに

「カティリーナ弾劾」の言葉に触れる人は、本気になった時の哲学者とはなんと雄弁で勇ましいことかとの感慨に打たれて、鳥肌を立てずにはいないことでしょう。ただし、このキケロなのですが、この事件をめぐる栄光の記憶がその後も忘れられなかったのか、事件が収まった後にも所構わず「ねえ、ちょっと思い出してみないか、あの時のボクが、いかにカッコよかったのかをさウフフ……」と悦に浸り続けていたそうで、この件に関する周囲からの評判は割と最低に近かったようです。「カティリーナ弾劾」は文句なしに立派なものであるだけに、非常に残念なエピソードであるといえます。

 






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