今日6月16日は矢嶋楫子(やじま・かじこ)の召天日。女子学院の初代院長で、日本キリスト教婦人矯風会の初代会頭です。
熊本県に生まれ、3番目の姉の竹崎順子は熊本女学校(後の熊本フェイス学院高校)の校長、4番目の姉の徳富久子の子どもは湯浅初子(夫が湯浅治郎)、熊本バンドでジャーナリストの徳富蘇峰、作家の徳冨蘆花(ちなみに孫は矯風会会長の久布白落実)、5番目の姉は横井つせ子(夫は横井小楠で、長男は時雄)など、明治の錚々(そうそう)たるキリスト教人脈に連なっています。
酒乱の夫と別れ、上京して教師となり、米国人宣教師マリア・ツルーと出会って新栄女学校に移りますが、自らのタバコの不始末を起こしたことのけじめをつけて洗礼を受けました。3人の子どもを置いて家出したことや、その後、妻子ある人の子どもを産んだことなど、過去の過ちを心に秘めながら、人間の弱さをよくわきまえた上で生徒たちに、「あなたがたは聖書を持っています。だから自分で自分を治めなさい」と諭したといいます。三浦綾子がその生涯を『われ弱ければ』で書きました。