講談社学術文庫からカルヴァンの『キリスト教綱要 初版』が深井智朗氏による翻訳で出版されるに先立ち、「学術・社会一般への悪影響」を懸念する松井健人氏(東洋大学助教)は2月7日、同社への公開質問状を発表した。松井氏は、深井氏の業績には「確かに否定できないもの」があるとしながら「悪質な捏造および調査回答への不誠実さ、そして今まで何ら公的に反省ないしは謝罪といった文書を発表していないことには、大いに問題がある」と指摘し、訳者の選定に至る経緯について見解を求めた。
深井氏をめぐっては、キリスト教文書センター発行の書評誌『本のひろば』2024年11月号に同氏の原稿が掲載された件について、翌12月号に編集委員会一同による「お詫び」が掲載された経緯がある。同委員会は深井氏の原稿を掲載すべきでなかった理由について、「著述において深刻な不正行為を犯した人を、本人の明確な反省もなしに新たな著述に起用することは、たとえ小さな書評といえども本誌読者の信頼を失し、言論活動の自滅につながるから」としていた。
松井氏の質問を受けて、講談社学術文庫は2月12日、企画活動の内実に関わる事柄について公表するのは異例としながら、編集長の互盛央氏による回答を公表。講談社学術文庫として2017年、深井氏の翻訳によるルターの『宗教改革三大文書』を刊行し、現在も販売し続けていること、今回の出版においても「前著を凌駕する細心の注意を払って質の担保に努め」たことを説明した上で、「2019年の事案を軽視するものではありませんが、深井氏はすでに社会的制裁を受けており、また今回の訳書のあとがきに深井氏本人が記されているように、深く後悔し、強く反省しておられます」「『一度失敗した人にもチャンスが与えられる』社会であってほしい、という思いとともに、今回の訳書の出版を決断した」と回答した。
2月14日に刊行された『キリスト教綱要 初版』のあとがきで深井氏は、「指摘されたことや批判を真摯に受けとめ、これまでの仕事についての必要な修正や訂正」を現在も続けているとした上で、「猛省し、今後何をどのようにすればよいかをいつも考えて過ごしてきた」と言及したものの、具体的な不正の経緯や「猛省」の対象となる事案は不明なまま。すでに日本基督教団愛泉教会牧師、キリスト教若葉学園の理事長として復帰している同氏が「社会的制裁を受け」たとする判断にもなお疑念が残る。