「一輪の薔薇はすべての…長尾優 装幀のお仕事展」が8月23日から9月1日まで、銀座・教文館(東京都中央区)3階ギャラリーステラで開催されたのに合わせて、8月31日、装幀者の長尾氏=写真左=と親交のある森一郎氏(東北大学大学院教授)による対談会「もの・ひと・そして世界」が日本基督教団銀座教会(東京都中央区)で行われた。出版社や書店、教会関係者、学生など約60人が参加した。
長尾氏は1959年岡山県生まれ。関西学院大学文学部卒業後、東京のデザイン会社に勤務。キリスト者でありデザイナー、装幀者として長く活動し、ニッカ・ウイスキーの「ヒゲのおじさん」のデザインを手がけたことで名高い大髙重治氏(1908~2002年)と交流。1992年に独立してロゴス・デザインを設立した。
長尾氏はこれまで、森氏の著作を4冊手がけており、最新著『アーレントと赦しの可能性』(春風社)のブックデザインに関する思いや、研究者と装幀家というそれぞれの仕事について分かち合った。
対談の中で長尾氏は、同書の表紙に彫刻家エルンスト・バルラッハの「漂う天使」像のイメージを使用したことについて、「この天使像は戦時中にナチスによって退廃芸術として破壊されてしまったが、支援者たちが破壊される前に像の型を取って密かに隠し、それが戦後バルラッハ亡き後に発見されて現在ドイツにある2カ所の教会堂に飾られているもの」と説明。目を閉じ、胸の前で手を閉じる天使像の中に、静かな抵抗の力とバルラッハが込めた祈りを感じ、今回の「アーレントとイエスの赦し」という森氏の研究テーマに結びつくのでは、との思いで選んだという。
近現代ドイツ哲学を研究し、多数の著書や翻訳書を著す森氏はハンナ・アーレントの思考を手がかりに「もの」としての書物について思いを述べた。「人間はさまざまなことを記憶してもすぐに忘れてしまうものだが、書物は我々にものを考えるきっかけやチャンスを与えてくれ、たとえ人が移り変わっていっても、本は読み継がれていくことで持続性をもち、人間の歴史性を支える重要な働きをしているのではないか」
現在、急速に紙の書物がデジタルにとって代わっていく中で、当たり前のように街の本屋さんがあり、図書館があるという状況が失われていく時に、「その喪失は計り知れない」としつつ、装幀者とともに仕事をなし、著作を世に出すことの喜びについて語った。
2時間に及ぶ対談の後、会場からもさまざまな質問が寄せられた。「装幀者の意図したイメージとまったく違うイメージを読み手が受け取ることもあると思うが、どのように思うか」との問いに対し長尾氏は、「装幀者が意図したメッセージをまったく違う意図で受け止めることは当然のことで、それは受け手の尊厳であり自由」と応答。「長尾氏の装幀は、象徴性と比喩性に富んでいると思う」「祈りと赦しの身振りのように見えるバルラッハの天使像は、そんなに激しい憎しみを掻き立てるようなものだとは思えないのに、なぜナチスは破壊したのか」などの声も聞かれた。