毎年9月は、韓国の主要プロテスタント教団の総会が開催される季節である。時に総会では、良い意味でも悪い意味でも歴史に残る重要な決定がなされることがある。そのような総会の季節を間近にした9月2日、ソウルにある大韓イエス教長老会(合同/以下、合同派)の本部ビルの前であるデモ活動が行われた。そのデモ活動を主催したのは、教職者育成のために合同派が設立した総神大学神学大学院出身の女性たちからなる総神神大院女同門会であった。デモでは、女性の牧師按手を認めるべきことなどが訴えられた。
韓国プロテスタントは、全般的に保守的であるが、主要教団の多くでは現在、女性に対して牧師となる道が開かれている。韓国のプロテスタントにおける女性の牧師按手に関する歴史を見ると、1931年にメソジスト系の基督教朝鮮監理会(現・基督教大韓監理会)が北米からの女性宣教師14名に対して牧師按手をしたのが最初のものとなる。韓国人女性としては、それから20年以上が経過した1955年3月に基督教大韓監理会において牧師按手を受けた全密羅(チョン・ミルラ)と明和蓉(ミョン・ファヨン)が最初の人たちということになる。同じ年の5月には、イエス教再建教会が崔徳智(チェ・ドッチ)をはじめ3人の女性たちに牧師按手を授けている。同教会は、日本による植民地時代における神社参拝を拒否した人たちが長老教会から出て設立した教団であり、崔自身も神社参拝に反対し、投獄された経験をもつ人であった。
日本のプロテスタントにおいて女性初の牧師が誕生したのは、日本基督教会の高橋久野が牧師按手を受けた1933年なので、日本に遅れること22年目にして、韓国人の女性牧師が誕生したことになる。
その後、1974年に韓国基督教長老会、1994年に大韓イエス教長老会(統合/以下、統合派)、1999年に大韓聖公会、2003年にホーリネス系のイエス教大韓聖潔教会、2004年に基督教大韓聖潔教会、2011年に大韓イエス教長老会(白石)、2013年にバプテスト系の基督教大韓浸礼会がそれぞれ女性の牧師按手を認めるようになった。なお、日本にある韓国系の教団である在日大韓基督教会において女性の牧師按手が認められるようになったのは1978年のことなので、韓国プロテスタントを基準とすれば、割と早い時期に認められるようになったということが言える。
現在でも女性の牧師按手を認めていない主要プロテスタント教団としては、上に見た合同派と大韓イエス教長老会(髙神)がある。大韓イエス教長老会が合同派と統合派とに分裂したのは1959年のことであったが、それ以降において合同派内で女性の牧師按手に関する議論が本格化するのは、統合派が女性の牧師按手を認めることを決めた1994年以降のことであった。総神大が刊行する学術雑誌上などでもこのことが議論されるが、女性の牧師按手に肯定的な意見はなく、また教団レベルでもそのことは認められないとの立場が固守された。
2003年には、合同派の当時の総会長が総神大のチャペルにおいて、「女性たちがオムツを付けて講壇に上がるのは許されない」との差別発言を行い、物議をかもした。その後も女性の牧師按手あるいは礼拝において講壇から説教を行う「講道権」についての請願が総会の場に上がっては否決されてきたが、昨年9月に行われた第108回総会においては、講道権を女性に認めることが採択された。しかし、その2日後に同じ総会の場で総会役員と数名の委員によって採択したことを白紙に戻すことが発表されるという前代未聞の事態となった。
9月23~27日に開催される第109回総会では、講道権を女性に付与することが再び審議されることになっているが、それに反対する動きもすでに起こっている。そのような中、冒頭で見たように、牧師按手や講道権の付与を求めてのデモ活動が総会を目前にした9月2日に行われたのであった。反対派が懸念しているように、講道権は女性に牧師按手を認めることへの第一歩となるものである。韓国プロテスタントにおける最大教派の一つである合同派がそのような第一歩を踏み出すのか、そのことで第109回総会が歴史に残る総会となるのか注目したい。
*写真=9月2日のデモの様子(提供:NEWS&JOY)
李 相勲
い・さんふん 1972年京都生まれの在日コリアン3世。ニューヨーク・ユニオン神学校修士課程および延世大学博士課程修了、博士(神学)。在日大韓基督教会総会事務局幹事などを経て、現在、名古屋学院大学国際文化学部教員。専門は宣教学。