さて、私は最初に、「新共同訳」の「新約聖書のみ」をお求めになることをおすすめしてしまいました。旧約聖書はついていません。もしかしたら「詩編つき」を買われたかたもいらっしゃると思いますが、「詩編」は、旧約聖書の「頭」の書ではありません。途中です。しかし、詩編は独立した「詩」の集まりですから、詩編からお読みになってもよいです。しかし、もし旧約聖書をお読みになるのでしたら、冒頭の「創世記」から読むことをおすすめをしたいと思います。新約のみを買っていたかたには、旧約も含めた聖書全体を買っていただくことになります。すみません。「旧約だけ」というのも売っていたりしますが、それよりは本格的に、聖書全体をお求めください。ここまで来たら、ぜひ「旧約聖書続編つき」を買っちゃいましょう! どうせそんなに値段も大きさも変わりませんし、ここまでお読みになるあなたは、きっと続編まで読んじゃいますよ。
大きな聖書を買うにあたってのアドバイスですが、先ほども書きましたとおり、大きいものはかさばり、小さいものは字が小さいというジレンマがあります。書店で実物を手に取るのがいいのですが、Amazonで買うときは、説明やレビューをよくお読みになり、お求めください。英語との併記(いわゆるバイリンガル聖書)はおすすめしません。だいたい英語の聖書のほうが不正確であり、そもそも同じことの書いてあるものを併記したものを買う必要はないと考えます。また、ハードカバーはおすすめしません。扱いづらいですし、それゆえにかえってボロボロになりやすいです。小さめのソフトカバーのやつが個人的にはおすすめですが、個人差はあると思いますので、それぞれお好きなものをお求めください。私自身の経験がないので何とも言えませんが、新共同訳は、横書きの、かなりスリムなタイプの旧新約聖書があったと思います。そういうのでもいいのかもしれません。
なるべく、教義を押しつけたりしないように心がけ、聖書をはじめてお読みになるかたへガイダンスを書いてまいりましたが、最後に、私自身の聖書体験を書きます。私は、聖書には興味がなく、キリスト教にも興味はないどころか、宗教というものはあぶないものだと思って、よく知らないまま大人になった典型的な人間ですので、こんなに宗教にハマるとは思っていなかったのですが、さらに、教会に通うようになってからも、しばらくは聖書を読んだことはなかったのでした。べつに聖書を知らなくても、教会で過ごすことはできるのです。
しかし、たまに出る、聖書ネタの冗談についていけないのがくやしくて聖書を買って読んだのです。ですから、最初から「聖書の文脈で聖書が読めていた」のは、ほんとうにラッキーだったと思います。何度も書いていますが、聖書は首尾一貫しておらず、よいことも悪いことも書いてあり、まるで「人間のような」「人生のような」理不尽な書物です。そこが聖書の魅力なのだと思いますが、私はそのように、「教会の」文脈で聖書を読んできました。私は典型的な理系バカで、文系おんちであり、歴史もわからないですし、政治もわからないのですが、「宗教」としての読み方をしてきたことになります。聖書を、知的興味だけから読むのは困難ではないかと思います。どうか信仰を持っていただければと思います。
最後に頼れるのは、神仏だけだと思います。聖書はその「手がかり」くらいにはなるのです。聖書は多様な読みを許容します。コロナ禍で礼拝やミサがオンライン化しました。そこでなにが語られているか、いくつかの教会を見てまわるのもいいかもしれません。ここまでお読みくださりありがとうございました。
腹ぺこ 発達障害の当事者。偶然に偶然が重なってプロテスタント教会で洗礼を受ける。東京大学大学院博士課程単位取得退学。クラシック音楽オタク。好きな言葉は「見ないで信じる者は幸いである」。