NHK大河ドラマ「麒麟がくる」(日曜後8:00)が20日放送され、主人公・明智光秀(長谷川博己)の次女たま(のちの細川ガラシャ)を演じる芦田愛菜(16)が第38話(来週27日放送)で初登場することが次回予告で明らかになった。年内最後の放送となる。新型コロナ・ウイルスの影響で放送が延期されたため、最終回は年をまたいで来年2月7日(全44回)になった。
さて、大坂の細川屋敷でガラシャを監禁していた夫の細川忠興(望月歩)だが、「九州攻め」に出陣している留守に、ガラシャは秘かに教会を訪れた。1587年3月29日のちょうどイースター(復活祭)当日だ。
その年の暮れにガラシャは洗礼を受けるのだが、実はその翌年、忠興との離婚を考えるようになったという。ちなみにこの年は、忠興と結婚してちょうど10年目。宣教師フロイスがその様子を次のように報告している。
本状において(私は)、昨年、異常な熱意と、新たな改宗方法で受洗しました丹後国主の奥方ガラシアのことについて申し上げます。デウスは、その選び給うた人々を苦難の火をもって試練し給うのを常としますが、(その後)彼女に生じていることを簡略に記しましょう。(『日本史』2巻、18ページ)
神がガラシャを「苦難の火をもって試練し給う」というのは、入信も考えていた忠興が急にキリシタンを迫害するようになったからだ。まさにガラシャが教会に行っていたとき、忠興は「九州攻め」でキリスト教に対する印象をがらりと変えたと思われる。
1587年、豊臣秀吉(佐々木蔵之介)は天下統一のために「九州攻め」を行った。そこで九州にいた宣教師たちと接し、キリシタンへの待遇を大転換することになる。7月に「バテレン追放令」を出し、代表的なキリシタン大名である高山右近にも棄教を迫った。それは、関西にいた宣教師やキリシタン大名は日本文化を尊重していたのに対して、九州では植民地的なアプローチを取っていたことを知り、秀吉は危機感を募らせたのだ。
彼女(ガラシャ)の夫(細川)越中(忠興)殿は、(九州から)大坂に到着した時には、暴君(関白秀吉)の悪意に(影響されて、まるで)打って変った(人の)ようでありました。すなわち(関白を)範として、従前よりもいっそう残酷で悪辣(あくらつ)な異教徒になっていました。彼の息子の一人を育てていました乳母はキリシタンでしたが、彼は同女のごく些細(ささい)な過ちに対して、その鼻と耳を殺(そ)いだ上に追い出すようにと命じました。ガラシアはこの上もなくそのことを悲しみ、その侍女はキリシタンでしたから、(夫に判らぬよう)密かに彼女がその(追放)先で扶養されるように(手配を)命じました。(同、18~19ページ)
織田信長(染谷将太)や秀吉とも親しかったイタリア人宣教師オルガンティーノが、ガラシャ受洗の翌年(1588年)、彼女の夫婦関係について手紙で触れている。
過日私は、ガラシアがその夫と別れる決意を固めていることで深い憂愁に閉ざされている彼女のすべての側近者を慰めました。と申しますのは、(彼女の夫は)彼女の目の前で、邸内にすでに五人の側女(そばめ)を囲っているのです。彼女にとってそれは大きい誘惑ですし、なおそのうえ、(夫は)彼女を苦しめ、ひどく虐待しております。(5巻、246ページ)
ここで「誘惑」というのは「試練」と言ったほうが分かりやすいだろう。ガラシャが忠興との離婚を考えていた頃、すでに二人の間には5人の子どもがいた。長女の長(ちょう)は9歳、長男・忠隆(ただたか)は8歳、次男・興秋(おきあき)は5歳、三男・忠利(ただとし)は2歳、そして次女の多羅(たら)はこの年に生まれている。
しかし、そんなかわいい盛りの子どもたちを残してでも、細川家を出て「司祭たちがいる西国地方に行きたい」とガラシャが言ったというのだ。西国地方とは、バテレン追放令によって宣教師たちが避難した長崎のことだろう。
ガラシャと忠興の関係について、フロイス自身も夫婦の不和の原因を次のように指摘している。
(越中殿)がガラシアに少なからず(キリシタンになったことによる)変化があることに気づき始めますと、悪魔は彼の中に入り、彼を牛耳り、彼女の謙遜(けんそん)と徳行を悪用(するに至り)ました。そして(悪魔は)途方もない多くの、大いなる誘惑をもって彼女を試みました(から)、彼女はそうした誘惑の真只中にあって悲嘆に暮れていました。……この極悪の異教徒(夫、越中殿)は、さらに切迫した別の誘惑を彼女に対して準備するに至りました。それは人間の本性から外れたことでした。(そこで)彼女は、大罪を犯すことなく夫から別れることができるでしょうかと、(人を介して)私に訊(たず)ねさせました。(彼女によれば)(夫)は常時、自分の許に五人の側室を侍(はべ)らせたいと(言うのです)。(2巻、19ページ)
「悪魔」というと一般の人は怪訝(けげん)に思うかもしれないが、イエスが宣教の始めに荒れ野で、またアダムとエバがエデンの園で悪魔の誘惑にあったというエピソードもあるように、聖書的な表現と解釈してほしい。
フロイスによると、このとき忠興は、ガラシャが信仰を持ったことについては知らなかったという。家臣もみなガラシャの味方だったので、洗礼を受けたことを黙っていてくれたのだ。しかし、キリシタンになったことでガラシャには次のような変化があったとフロイスは書いている。
キリシタンになることに決めて後の彼女の変り方はきわめて顕著で、当初はたびたび鬱(うつ)病に悩まされ、時には一日中室内に閉じ籠(こも)って外出せず、自分の子供の顔さえ見ようとせぬことさえあったが、今では(顔に)喜びを湛(たた)え、家人に対しても快活さを示した。怒りやすかったのが忍耐強く、かつ人格者となり、気位(きぐらい)が高かったのが謙遜で温順となって、彼女の側近者たちも、そのような異常な変貌に接して驚くほどであった。(5巻、236ページ)
そんなふうに変化したガラシャであっても、忠興の態度には我慢できなかったようだ。たとえば、若く美貌の持ち主だったキリシタンの侍女頭ルイザを弄(もてあそ)ぶために連れてくるよう忠興が他のキリシタン侍女に命じたりするなど、キリシタンへの嫌がらせはヒートアップしていた。
前回紹介した「細川家記」のエピソードでも分かるように、二人共にもともと短気で、感情の起伏の激しい性格だった。「逆臣の娘」として幽閉され続け、嫉妬深い夫によって自分はいつも監視され続けているというのに、忠興は正室である自分を差し置いて側室とうつつを抜かしている。ガラシャの怒りはいかばかりだっただろう。そして、二人の関係はこのまま冷えきっていくのだろうか。(8に続く)
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