中国政府とバチカンが探るあいまいな「和解」 佐藤千歳 【この世界の片隅から】

年明けに中国浙江省から、カトリック教会温州教区の邵祝敏司教が拘束されたというニュースが届いた。邵司教は、ローマ教皇に任命されたが中国政府は認めない非公認司教(地下司教)として、温州教区で数万人の信者を率いる。これまでも重要な教会行事の期間に連行されており、2023年12月24~25日も温州市当局に拘束されクリスマスミサの司式を妨げられたばかりだった。わずか1週間後の2024年1月2日、共産党関係者によって再び連行されたという。

中国のカトリック教会は、共産党政権の介入を受け入れる公認教会と、ローマ教皇のみに忠誠を誓い政府の介入を拒否する非公認教会と、二つの組織に分裂して活動している。教会分裂は、中国とバチカンが国交断絶した1951年に遡る。断交以降、中国の公認教会は司教を独自に任命し、バチカンと対立を繰り返した。非公認教会は、信者や聖職者に対する取締りを受けつつも、独自の組織で聖職者を育成して活動を維持した。

1980年代から中国政府の宗教統制が緩むと、両国は関係改善を断続的に模索した。特に、習近平国家主席とフランシスコ教皇が就任した2013年以降は外交交渉が加速し、最大の懸案だった司教任命についても2018年に暫定合意が結ばれた。

関係改善の背景として、習近平政権が、欧州で唯一、外交関係のないバチカンとの国交回復を目指していることが挙げられる。対するフランシスコ教皇は、教会分裂の解消が最大の動機であろう。中国側も、政府の宗教管理が及ばず、習近平政権の「宗教中国化」政策と相容れない非公認教会の消滅を望んでおり、双方の方針は一致している。

米国のキリスト教系NGO「対華援助機構」によると、2日に邵司教が連行された背景にも、現地の公認・非公認教会の統一問題があるという。連行の直接の原因は、公認教会の神父に教区の管理を任せる方針に、邵司教が反対したこととされる。類似の事例では2022年にも、中国政府が独断で江西省の非公認司教を公認教会に異動させ、バチカンが抗議した。

ただ、非公認教会の消滅に向けた中国政府の一方的な行動は、中国・バチカン関係の改善には影響を与えていない。2023年には香港教区と北京の司教が相互訪問を行い、香港返還以降で初の動きとして国際社会の注目を集めた。

中国北部のカトリック教会に集う人々(筆者撮影)

こうした動向を踏まえると、教会分裂の解消についても中国政府とバチカンはすでに水面下の合意に達したように見える。分裂解消には複数の方法が考えられるが、そのうちでも公認教会による非公認教会の併呑(へいどん)という、中国政府が最も望む方法を
バチカンが容認したのではないだろうか。

非公認教会においても教皇に対する信者の信任は一貫しており、教皇が認めれば非公認教会の信者も公認教会へ移る可能性が高いためである。その際、公認教会が非公認教会を呑みこむ動きは、過去70年強の分裂を乗り越える「和解」という言葉で信者に説明されるのではないか。

気がかりなのは、中国とバチカンの上層部が主導する「和解」について、信者の声が聞こえないことである。断続的な宗教統制と教会分裂の中で、信者たちは少なくない犠牲に耐えながら信仰をつないできた。しかし現状では、バチカンはこうした中国教会の人々の記憶や歴史に向き合わぬまま、政治的意図が先行する中国共産党政権とのあいまいな「和解」へとじりじりと進んでいるよう
に見える。

邵司教の拘束から2週間余り経った現在、司教をめぐる情報は途絶えている。教区の信者は司教の解放を願う祈りを続けているという。

佐藤 千歳
 さとう・ちとせ 1974年千葉市生まれ。北海商科大学教授。東京大学教養学部地域文化研究学科卒、北海道新聞社勤務を経て2013年から現職。2005年から1年間、交換記者として北京の「人民日報インターネット版」に勤務。10年から3年間、同新聞社北京支局長を務めた。専門は社会学(現代中国宗教研究、メディア研究)。

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